街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビールEXTRA3

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

ムール貝とわたくし。

ムール貝とわたくし。

台湾滞在三日目の8月16日である。

台南を離れ高速鉄道で北上する。台北駅までは1時間40分、そこからMRTの淡水信義線で約20分、北投駅で降りて新北投線に乗り換え、6分ほどで終点の新北投駅に着く。

北投は清朝末期にドイツ人によって有望な源泉ありと見出され、その後の日本統治期間に保養地として開発された観光地である。地熱谷という源泉から川となって温水が流れ出しており、その周辺は親水公園となっている。ドイツ人ベルツにきっかけを作ってもらい、日本を代表する温泉地となった草津とそのへんがよく似ていて、硫黄を含んだ水が流れる川があるところも同じだ。親水公園の中には公営の露天風呂があるのだが、そこも草津の西の河原露店風呂を思わせる。

そんなわけで勝手に「台湾の草津」みたいな先入観を抱いて北投を訪れたのであった。

ところが到着してびっくり。新北投駅に着いて最初に目に入ったのは、ケンタッキーフライドチキン、次いでスターバックスコーヒーの看板である。駅を出て温泉街へ向かってみると吉野家まであった。

思っていた草津と全然違う。

いや、あたりまえなのだが、ひなびた温泉街を勝手に想像していたので、ちょっと驚いたのであった。

親水公園があるからなのか、湯治客とは思えない人々もうろうろしている。

そして、あらら、観光客とも思えない人たちの姿も目立つ。というか、駅周辺にいる人のほとんどが、どちらかといえば非レジャー派というか、東京でいえば秋葉原とか中野とか、そういうところでしか見かけないようなシティーボーイたちなのである。

全員が手元のスマートフォンをいじっている。

ポケモンハンターだ!

日本でも少し前にサービスが開始されて爆発的なブームが起きたが、現在台湾でもポケモンGOが大流行中である。街中でスマートフォンをいじっている人の三人に一人は指先で何かをはじくような仕草をしているし、二人に一人の画面にはポケモンGOのあのマップが表示されている。

そういえば私も、前日に安平に行った際には、バスの中でポケモンGOの画面を開きっぱなしにして、道案内代わりに使っていたのであった。目印になるような場所はだいたいポケステになっているので(なぜか台湾では道端の変電箱もポケステとして採用されている)、アナウンスの意味がわからなくてもだいたい見当がつけられるのだ。

だが、それにしても新北投駅周辺のポケモンハンターの人口密度は異常である。気になってネットで調べてみたら、親水公園に珍しいポケモンが集中して出現しているとかで、ハンターたちが詰めかけていたようなのだ。少し前に東京の世田谷公園でも似たようなことがあった。マニアの心情というのはだいたい同じだ。しかも新北投のどこかでイベントがあったらしく、この午後に通りを歩いていたら、建物の中から数百人のハンターたちが一斉に飛び出してくるのにぶつかってしまい、大いに驚いたのであった。なにわ小吉『王様はロバ』にこういうギャグあったな、などとぼんやり思った。集団、すごい。

それはさておき、スマートフォン片手のシティーボーイたちを眺めながら歩いていると、また変わった人々に出くわした。旅館の仲居さんである。旅立つ人に手を振って見送っている。いや、その仕草はいいのだが、どこかぎごちない。振ってないほうの手をどうしていいのかわからないのか、ぶらぶらと体の横で遊ばせているからだ。だから女子高生が「また明日ねー」とやっているように見える。この仲居さんたちは石川県の有名な旅館・加賀屋のプロデュースするホテルの職員さんたちなのだ。日本流のおもてなしを台湾にも導入というわけである。

実際、北投という街の景観は日本の温泉地に酷似している(熱海という名のホテルまである)。いや、これだけホテルがあってどこも廃業していないし、不況のせいで幽霊旅館が増えている日本の温泉地に比べて、よほど温泉街らしい。さすがに浴衣がけでぶらぶらしている人はいないし、温泉饅頭や射的の店などもないが、温泉街の風情を感じたい人がいたら北投に来てみるのもいいかもしれない。駅前の俗化した雰囲気も、らしいといえばらしいではないか。

投宿し、親水公園の露店風呂に行ってみたが、ここは残念ながら草津とは似ても似つかぬ施設だった。草津の立ち寄り湯のような気安さがないのである。入浴時間が区切られていて、2時間半ごとの入れ替え制だ。あと混浴である。いや、水着着用なんだけど。ガイドブックには「6つの風呂がある」と書いてあったので期待して行ったが、熱いのが2つ、ぬるいのが2つ、水風呂が2つの計6つだった。うん、それをわざわざ6つと書くのはミスリードだ。あと不可解だったのは、「足だけ湯につけるの禁止」という注意書きがあることで、浴槽の中でうっかり立ち上がると、帽子をかぶった警備員らしき人にぴぴぴと笛を鳴らされる。市民プールか。この「立つの禁止」ルールの理由が今一つわからないため、私は警備員の目を盗んで立ったり座ったりし、フェイントをかけて鬱憤を晴らしたのであった。

とはいうものの、楽しい入浴施設ではある。まず、暑かったので水風呂が非常に気持ちよかった。よく考えてみれば、気温30度のところで水着着用で浸かっているのだからこれはプールだ。プールと温泉を行ったり来たりするのは気持ちがいい。また、最初はぬるくて物足りなかった熱い風呂も、源泉の勢いが増してきたのか、最終的には足をつけるのもきついぐらいの湯温になった。「これはなかなかの草津ですなあ」などと呟きながら入ったのである。あと、草津のそれとは種類は異なるが、硫化物の濃度もなかなかのもので、目にしぶきがかかるとちょっぴりしみた。

IMG_2131 北投から数駅で淡水信義線の終点、淡水駅である。風呂を堪能した後は、この淡水まで行って、落日の情景を鑑賞した。

淡水は古くからの貿易港であり、今も著名な観光地だ。珍獣やゲテモノを展示した博物館と称する見世物小屋があったり、海辺の道では子供向けのゴーカートを貸し出していたり、家族向けの観光地として栄えている。

うがブック、で読みは合っているのだろうか。

うがブック、で読みは合っているのだろうか。

ぶらぶら歩いているうち、土産物屋の二階に本屋があるのを見つけた。上がってみると扉を入ったところにころころと肥った猫が昼寝をしており、奥ではもう一匹が主人に甘えた声を出してすり寄っていた。猫のいる本屋なのである。小説や詩集などの文学書が充実しており、日本文化研究のミニコミ誌「秋刀魚」も置かれている。中には古本コーナーもあった。公共浴場にも行ったし、古本屋と言えなくもない店にも行ったしで、なかなか充実の一日である。

散策のあとは近所のシーフードレストランで海老と蟹と貝をむさぼり食うの巻。これはなんという銘柄か知らないが、生産後18日以内のものだけ、という生ビールがよく合って至極満悦した。海辺の街に来て、この組み合わせで失敗するほど悲しいことはない。大満足であった。

41v1uSK3a5L そういえば、この日読んでいたのが、レックス・スタウト『法廷のウルフ』と『花のない葬礼』(グーテンベルク21)だった。レックス・スタウトの創造した有名なキャラクター、ネロ・ウルフはニューヨーク西35丁目の褐色砂岩造りの建物に事務所兼住宅を構える私立探偵で、140㎏前後の巨漢である。そのせいか建物から出てくることは滅多になく、司法当局に脅されても召喚には応じない。外交役を務めるのは秘書であるアーチ―・グッドウィンの仕事で、女嫌いのウルフに代わってもう一つの性に対応するのも彼の役目である。グッドウィンに外回りを任せてウルフが頭脳労働以外に何をしているのかといえば、お抱えコックの作る料理に舌鼓を打ち、屋上の専用温室で栽培している蘭の世話で忙しいのである。

グーテンベルク21の刊行している電子書籍は、以前光文社の「EQ」に掲載された大村美根子訳の中編を2本ずつまとめた造りになっている。このへんの版権がどうなっているのか知らないが、電子版のみとはいえ、未刊行だったウルフものの作品が読めるのはありがたい限りである。

『法廷のウルフ』には「死を招く窓」と表題作、『花のない葬礼』にも表題作のほかに「イースター・パレード」が収められている。

レックス・スタウトはウルフ&グッドウィンという名コンビを生み出したほかにも、独創的なプロットをいくつも考案したことで後継作家の尊崇を集めている。中篇の長さは、彼の美点がもっとも発揮されやすい分量でもあるのだ。今回読んだうち、「死を招く窓」はある変死事件を巡るもので意外な殺人トリックが使われる。それを見せるための小道具の出し方が、やはり巧いのである。「法廷のウルフ」は、第一級殺人罪を裁く法廷で検察側の証人として出廷したウルフが、自身の証言によって被告に決定的な打撃を与えてしまうことを嫌い、真実がどこにあるのかを自身で確かめるために逃亡する、という場面から始まる。主人公チームをトラブルのさなかに投げ込むことで物語が動いていくという理想的なスリラーの形になっているのだ。

「イースターパレ―ド」も同様に主人公がピンチに陥ることから始まる話で、とある栽培家が新種の蘭を完成させたことを聞きつけたウルフが、イースター・パレードにその蘭を胸につけた女性が現れると聞き、泥棒を雇ってその蘭を奪わせようとする。ところがその女性が死んでしまい、ウルフは窃盗の黒幕どころか謀殺の関係者として告発を受けるかもしれないという困った立場になってしまうのだ。

「花のない葬列」は、絶体絶命の窮地からウルフとグッドウィンが智謀の限りを尽くして浮上していくという、このコンビにしかできない仕事を描いた一篇だ。二人が懇意にしている料理人マルコ・ヴュクシックの恩人が殺人容疑で逮捕されてしまう。ウルフたちは、事件の関係者全員が被告を敵視して真実を明らかにする証言を拒んでいると考えられる絶望的な状況から始めて、なんとか彼らから役に立つ手がかりを引き出さなければならなくなるのである。そこで口八丁のグッドウィンがとった手が綱渡りのようなものであり、パスを受けたウルフがそれを上回る口撃によって関係者を翻弄し、なんと意のままに動かしてしまう。

この一篇で印象的なのは、捜査が遅々として進まないことに憤慨するヴュクシックが、これが料理ならお得意さんは一人残らず餓死するだろう、と怒鳴るのにウルフが返す言葉だ。

――「わが友よ」辛抱強い口調で言った。「きみが料理をこしらえるときは、薄切り肉なり腰肉なりがなんとかきみの手を逃れようと、力量、抜け目のなさ、決断力、邪悪さの限りを尽くすことはあるまい。だが、殺人犯はそれをやる(後略)」

ああ、この言葉遣いこそがネロ・ウルフである。

(つづく)

スポンサーリンク

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存
スポンサーリンク