杉江の読書 リング・ラードナー『アリバイ・アイク』(加島祥造訳/新潮文庫)

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――わしという人間は喋りはじめたら止らんから困る、とかあさんは言うんだがね。

51q0qmj1bql-_sx349_bo1204203200_ こんな書き出しで「金婚旅行」という短篇は始まる。題名が示すとおり、記念年の旅行に出かけた夫婦が見聞した出来事を、猛烈な勢いで話し続ける老人の一人称で綴った一篇だ。リング・ラードナー傑作選である『アリバイ・アイク』の収録作だが、「止めどないおしゃべり」ほどこの作者の資質を的確に表した言葉はないだろう。ラードナーは、アメリカ小説の源流にある「語りの文学」を体現した作家である。新聞記者出身のコラムニストでもあり、表題作や長篇『メジャーリーグのうぬぼれルーキー』は野球小説の記念碑的作品である。

「アリバイ・アイク」は何をするにも(へまをしても手柄を立てても)言い訳をせずにいられない野球選手の話だ。本名はフランク・X・ファレルなのだが、ミドルネームのXは「イクスキューズ・ミー」のXなんじゃないか、と陰口を叩かれたりする。この作品や、野球そのものよりもチームメイトとの趣味に熱心な選手の話「ハーモニー」などの愉快な短篇、耐えがたい癖を持つ強打者を主人公とする「相部屋の男」や、読みようによってはスポーツメディア批判ともとれるボクシング小説「チャンピオン」などの皮肉なものと、本書の収録作は二つの傾向に分かれる。冒頭で紹介した「金婚旅行」のように、溢れんばかりの「声」をそのまま読者に呈示する「ここではお静かに」「誰が配ったの?」のような作品も、一人称の語りであることを考えると、その背後にあるものを裏読みすることも可能だろう。リズミカルな言葉の奔流に身を任せて良い心地になっていると、その中に苦いものを発見してしまうこともある。それがラードナーの味なのである。「散髪の間に」の意地悪なこと!

本書は復刊であり、加島祥造の旧訳はそのままだが、村上春樹と柴田元幸による巻末対談も一読の価値がある。作者によるエッセイ「短篇小説の書き方」と共に賞味いただきたい。

(800字書評)

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