杉江の読書 斎藤文彦『テイキング・バンプ』(ベースボール・マガジン社)

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本の題名は「どうして“バンプをとった者にしかわからん”なのか?」という回から採られたものだと思う。連載の中で私がいちばん好きだった回だ。素のままのレスラーに肉薄しているく斎藤だが、ことプロレスそのものの話題に入ると、さっと一線を引かれてしまう。このゲームを知り尽くした、マサ斎藤やニック・ボックウィンクルから「プロレスはバンプ(受け身)をとった者にしかわからないよ」と突き放されて、斎藤は呟くのだ。「やっぱりだめですか? バンプをとらないとプロレスはわかりませんか?」と。

愛する対象の中と外にどうしても超えられない世界観の違いのようなものがある。プロレスに限らず、ファンという立場をとるしかないすべてのジャンルに共通する寂しさを書いたものだと思って私はこの回を読んだ。実はその裏に「プロレスについて書く」ということの問題が絡んでいると知ったのはずっと後になってからだ。バンプをとらない者までがプロレス・スラングを口にする前の、あの時代の空気をコラムは如実に伝える。

(800字書評)

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