杉江松恋不善閑居「2017年頭のごあいさつ 脳内会議篇」

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あなたが杉江松恋を覗くとき、杉江松恋もまた、あなたを覗いているのです。

あけましておめでとうございます。

今年もライター・杉江松恋をよろしくお願い申し上げます。当bookaholicは杉江の執筆活動、ならびに個人的な関心事を紹介するため、2016年9月に創設いたしました。2017年もレビューを中心にさまざまな文章をお届けいたします。お暇なときにでも、ご覧くださいませ。

さて、杉江松恋のライター業は毎年12月を決算期にしているのですが、その都度脳内にて各部門の責任者が集まり、経営会議が開催されます。時代の必然ともいうべき構造変動を受けた不況が長引く出版界において、どの企業も経営上の難局を迎えているわけですが、当社も例外ではないようです。あ、わずかに開いたドアの隙間から会議の模様が聞こえてくるようです……。

脳内経理部「……というわけで2016年度は、2014年度からわずかながらも増収を実現した2015年度からは大きく失速し、大幅な減収となったわけであります。まだ利益ベースでの計算は終わっておりませんが、売上げで見ると実に40%減の数字になろうかと。これは企業の存続に関わる由々しき事態であります」

(会議室のあちこちから『なんと』『壊滅的じゃないか』『こうなる前に手を打てなかったのか』など、ざわめきの声)

脳内営業部「それについて申し上げます。ここ数年の当社は2013年が14.3%、2014年が16.3%、2015年が12.6%と売上げの10%超に達する印税収入がございました。不況と言われつつも堅調を保てたのは、主たる収入源である原稿料収入の他にこうした印税分の加算があったからであります。それに対して2016年度は、印税収入が3.5%にしか達しておらず、減収の理由になっております。もし印税収入があれば、ここまでの冷え込みはなかったはずでして……」

脳内商品企画部「(色をなして立ち上がり)営業部は企画部に責任をなすりつけるつもりか。商品供給が間に合わなかったことが敗因であったとでも言いたいのか」

脳内営業部「いや、責任云々ではなくて事実関係を言いたいだけで」

脳内経理部「事実で言うならば、仮にここで印税分の上積みがあったとしても、それだけでは2015年の実績に届かない。本質論で言うならば、月度のルーティンで前年ほどの売上を達成できなかったことが減収の理由というべきだろう」

脳内商品企画部「一応申し添えておきますが、企画としてはやるべきことはやっております。2017年度には単著で1、共著でもう1冊の出版の予定があり、すでに版元では企画を通していただいております。手をこまねいて苦境に甘んじているわけではないということを強調しておきたい(着席する気配)」

脳内生産部「今、ルーティンの話が出たが、生産部門としては毎月ラインが遊んでいるという状態はなかった、ということをはっきり断言しておく。むしろアップアップで、急な発注に対応するためにラインが無理を強いられるということも多々あった。あれだけのマンパワーを投入しながら、なぜ前同割れという事態を招いたのか。我々はしっかり自分の受け持ちは走り抜けたつもりだ。たすきを渡した後で何が起きたのか、ご説明を承りたい」

脳内経理部「それもやはり営業部が答えるべきでしょう」

脳内営業部「2015年までの傾向として、CS・BSなどの映像メディアなどへの露出がありましたが、番組が相次いで終了しております」

脳内経理部「そこは本質ではない。出演料など、総収入からすればそれこそ数%に過ぎないでしょう」

脳内営業部「露出の減少が遠因ではないかと申し上げたかった次第でして。目を背けてはならない事態として、雑誌媒体での連載が終了したという事実もございます。たとえば、2015年まであって2016年にはなくなったものにKADOKAWA社「文芸カドカワ」、JALコミュニケーションズ「SKYWORD」の連載がございます」

脳内商品企画部「2016年には、雑誌の休刊に伴い幻冬舎「GINGER.L」の連載も終了しました」

脳内営業部「これらのマイナス分が減収の要因としては大きいというのが事実であります。それを補う新しい連載を獲得すべく動いてはいるものの、終了になった各誌はさすが大会社だけあって原稿料もよく、これを埋めるのは並大抵の苦労のことでは……」

脳内経理部「どさくさに紛れておかしなヨイショをしないように」

脳内商品企画部「しかしそれは、ここ数年の雑誌市場を見れば容易に予想できたことだろう。シュリンクしつつある雑誌市場において新たな連載を獲得することは困難なのではないか。企画は以前よりネット媒体のパイを掴むことを提案してきた。そのへんの努力は営業サイドではなされているのか」

脳内営業部「やってはいるのですが……」

脳内経理部「なんだ。歯切れが悪いな」

脳内営業部「ネットはその、原稿料という意味ではどうしても紙媒体よりも落ちるわけでして、たとえば同じ素材について書いたとしても原稿用紙換算にしますと」

脳内経理部「いや、生臭い話はいまはしないでよろしい。ネットが紙よりも単価が安いことは常識だが、それでも背に腹は代えられないだろう。安いのを承知でどんどん受注すべきではないのか」

脳内商品企画部「それについては一言申し上げたい。ネットと紙ではやはり需要傾向が異なる。紙と同じ内容が求められているとは限らないわけで、そこはどういう原稿が求められるのかを慎重に見極めていくべきだとは考えております。ちょちょいのちょい、でアレンジできるほど、ネットは甘くない」

脳内経理部「ないない尽くしでは仕方がない。紙は仕事がとれない。ネットは嗜好に合った原稿が書けないでは、どうしようもないではないか」

脳内商品企画部「書けないとは言っていない。求められる商品傾向が紙とは違う、と言いたいのだ」

脳内生産部「(たまらず)さっきから黙っていたが、どうも聞き捨てならない。仕事が減った、新しい仕事に進出するのは慎重に、とおっしゃるが、ではこの生産部の多忙はどういうことなのか。実感として、われわれはちっとも楽になっていない。従前通りの苦しい労働を強いられている。これはどうしてなのか。われわれの労働で生み出された成果物はいったいどこに消えたのだ」

脳内営業部「別に消えたわけではない。きちんとそれなりに流通させております」

脳内生産部「流通しているのであれば売上しているはずだろう」

脳内営業部「それがたとえば単発原稿などが多いので、どの程度後につながる成果になっているのか、がわからないということです。連載であれば年間でこれだけ売れた、ということが実績として示せますが、単発の原稿は海に石を投げ込んでいるようなもので、それがブランドとしてどの程度のイメージ向上につながっているかははっきりと申し上げかねる。大きな仕事につながるものとしては単発は不利ということです」

脳内広報部「それは重々承知している。だからこそのこの〈bookaholic〉を立ち上げて、ライター・杉江松恋の仕事ショーケースにしたのではないか」

脳内生産部「しかし〈bookaholic〉はどこからも原稿料の出ない仕事だろう。それよりは少なくても支払いのある媒体に書くべきではないのか」

脳内広報部「いや、ここの存在理由を否定するようなことを言うな。たしかに現在はコスト部門に過ぎないが、いずれ〈bookaholic〉を見て仕事を依頼したいと言ってくるところが必ず出てくるはずだから」

脳内経理部「それはいつだ」

脳内広報部「いや、相手のあることだからもちろん確約はできない。こういうCI事業はベネフィット効果が中長期的にしか見えてこないものだ。早急に結果を求められても困る」

脳内経理部「そういう悠長なことを言えないような事態だから言っているのだ。とにかく今、少しでも欲しいのは売上だ。従業員に支払う給料が必要であり、一円でも多くの金を稼いでもらわないとどうしようもない。何べんも言うように、黒字に黒字を足せば黒字になる。赤字に黒字を足せばもしかすると赤になるかもしれないが、黒と黒と足している限りにおいては赤になることはないのだ。地道な積み上げこそ、今は求められている」

脳内広報部「そうやって足元の小銭ばかり見て10メートル先も見ない。だから今みたいに先細りの状況を招いたんじゃないか。今必要なのは出版界の変容に迅速に対応するための瞬発力で、小石を積み上げていくような持久力じゃない。底を尽きかけている需要なんていくらほじくり返しても何も出てくるものか」

脳内商品企画部「それは企画も十分に意識している。2017年に発売する商品はいずれもこれまで無かったもので、ライター・杉江松恋にとっては新機軸になるはずだ」

脳内営業部「それは、売れるんですか」

脳内商品企画部「売れる、という保証は今からはできかねるが」

脳内営業部「それじゃ、困るんですよ。客先への顔出しが足りないと突き上げられ、いざ商品が出たらマニアックすぎてちょっと、と渋い顔をされ、もう少し一般的なニーズに合わせて、といって提案すれば、それはうちで扱うべき商品ではない、と拒絶される。私だって、もっと売りやすいものを売りたいんだ。どうしてこの会社は「泣ける」とか「感動した」とか、そういうわかりやすいコピーで物を売らず、「レトリックでどうのこうの」とか面倒くさいことを言って、一部のマニアにしか通用しないものを出そうとするんだ」

脳内経営企画部「それが社是だからです」

脳内営業部「社是だと。じゃあ聞くが、これだけ営業が辛い思いをしているのに、大赤字にしかならない同人誌製作部門はちっとも見直しが入らないのはなぜだ。去年だって夏コミこそ落選して、冬コミは申し込みし忘れでそもそも参加の可能性すらなかったが、春に2冊、秋に1冊と3冊も出した。本来ならばそのマンパワーを少しでも金になる仕事に回すべきじゃなかったのか。ノルマと前同でがちがちに縛れている営業に、なんで金食い虫の同人誌を続けるのか、説明してみろ」

脳内経営企画部「あなたは勘違いしている」

脳内営業部「勘違いだと」

脳内経営企画部「そもそも同人誌は、コスト部門ではない。同人誌だけではなく、2016年に本腰を入れて始めた落語会運営もそうですが、それは会社を続ける上で最も大事な要素なのです」

脳内営業部「最も大事な要素、だと」

脳内経営企画部「趣味です。ライター・杉江松恋は趣味のために運営されているのですから」

脳内営業部「この野郎、言い切りやがった」

脳内生産部「趣味のために徹夜させられる身にもなってみやがれ」

(渦巻く怒号。一斉に席を蹴って立ち上がる音。凄まじい音を立てて何かが壊れる)

静寂。

今年も一年間よろしくお願い申し上げます。2016年1月1日現在の最新の仕事は、12月23日に発売された電子書籍「スギエ×フジタのマルマル読書」です。「GINGER.L 」連載をまとめたもので、2010年から2016年まで藤田香織さんと組んで、最新刊と文庫化作品について対談形式で書評をやっておりました。まったく趣味嗜好の違う二人だけに、クロスレビューのおもしろさもあると思います。3分冊になっておりますので、好きなところからお読みください。

二人ともマルマルした体格だからこの題名なのだとか。命名者は藤田さん。

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