杉江松恋不善閑居 「脳内営業会議その1 ~こいつは春から具合が悪いや」

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2004年の写真が見つからなかったので2005年のものを代わりに。当時はまだ毛がありました。

新年早々寝込んでしまい、今朝になってようやく起き出してこれた始末である。

Facebookに「○年前のあなたはこうでした」と頼んでもいないのに過去の書き込みを復活させてきて「これをシェアする? どうする?」と迫るという嫌な機能があるが、それによれば2013年の新春にも私は元旦に大発熱し、帰省先の実家で倒れたのだった。こうしてみると4年ごとに元旦は寝込むということになっているのかもしれない。4年後は2021年だから東京オリンピック(開催を阻止できなければ)のせいで心労が募り、疲弊しきって昏倒、ということになるのだろうか。気をつけなければ。

さて、倒れている間、私の脳内ではずっと会議が開かれていた。前回の経営会議が不首尾に終わったこともあり、営業部門が今後の対策を練るために部内会議を開いていたようなのである。熱でうなされながら、彼らの声をずっと聞いていた。

脳内営業担当A(以下脳内A)「早速ではありますが、当部のこれまでの取り組みをご説明申し上げます。ご出席のみなさまはお手元の資料をご覧ください」

(ごそごそ、と各自が配られた資料を広げる音)

脳内A「ご存じのとおり当社『ライター・杉江松恋』は、2004年の時点で中長期計画の重点目標としまして、取引先バランスの健全化を掲げました。つまり〈どこか1社に偏ることなく〉〈可能な限り多くの取引先から仕事の受注を取る〉という『拡大』志向と、〈中でも有力と見られる取引先を選び〉〈重点取引先として受注を増やす〉という『集中』志向であります。そのため、当時の取引先を以下のように分けました。

A:大手総合出版社(全分野にわたって雑誌事業を行い、単行本から文庫まであらゆる形態の書籍刊行物がある)

B:準大手総合出版社(Aに準じるもの)

C:専門出版社(出版傾向に偏りがあり、かつ杉江松恋と専門分野が重なるもの)

D:その他出版社(出版傾向に偏りがあり、かつ杉江松恋とは専門が通常は重ならないもの)

E:専門外企業(出版社以外の取引先。放送への出演、講師業、一般企業文化事業など)

F:インターネット関連

2004年におけるA~Fの比率は以下の通りであります。

A:15.0%

B:14.6%

C:28.1%

D:27.6%

E:13.7%

F:1.1%

これでご覧いただくと、当時はCにあたる専門出版社との取引がいかに大きかったかがお解りいただけると思います。この専門出版社にのみ依存している態勢に不安を感じ、バランス健全化の計画は出発したわけであります」

脳内新任営業部長(以下脳内部長)「あー、前任者が経営会議で失態を犯したもので私は急遽諸君らの部署にやってきたわけです。そのため当時の状況に不案内なのだが、ちょっと質問していいかな。専門出版社依存を危惧して他にも営業の幅を広げるという考え方はよくわかる。わかるのだが、特に大きな賞を獲ったり、有名な著書があったりするわけでもなく、現場の編集者との信頼関係だけでここまでやってきたのが杉江松恋という会社だと思うのだが、そういう風に古巣を捨ててよそに行くということに基盤を失うという危険は感じなかったのかな」

脳内営業課長(以下脳内課長)「若干担当の言葉を補いますと、もちろんそれまでの信頼関係を反故にしてよそにいくということはありえなかったわけです。ただし、専門出版社はなんといっても会社全体のパイが少ない。一ライターが恩恵に預かるにしても限度がありましたし、ずっとそこにいればガラパゴス化の恐れもございました」

脳内部長「ガラパゴス化とは」

脳内課長「私共が駆け出しのころはまだまだバブルの余波がございましたので、編集部に居ついているライターも多く見かけました。ひとところに安住の地を見出してしまえば技能の進歩も止まります。また、いずれ入ってくる若い編集者、後続のライターにとっては単なる目の上のたんこぶにもなります。そういう人々のいる雑誌が突然廃刊になるという現象がこのころ始まっておりましたので、営業部としましては、軸足を一ヶ所に置いては駄目だ。タコ足のように何本も軸を作って、どこかがコケてもまだ大丈夫、という態勢を作るべきだ、という結論に達したのです」

脳内部長「わかった。総合出版社に営業をかけるというのは」

脳内課長「刊行分野が多岐にわたっておりまして、多くの受注が見込め、かつ、優秀な人材にも出会えるからで」

脳内部長「で、本音は」

脳内課長「ギャラがいいからです」

脳内部長「いきなりぶっちゃけるね。それはそうだ。受注の窓口が広くて単価が高い客先は確保しておいたほうがいいからね。そのAの開拓はどのように推移したのかね」

脳内A「はい、2004年の段階では15.0%だったものが、4年後の2008年には21.9%、2011年にはいったん17.9%に落ち込みますが、翌2012年には39.0%にまで上昇しました。この年の比率を申し上げると以下のようになります。

A:39.0%

B:12.2%

C:18.8%

D:9.7%

E:8.3%

F:7.1%

G:4.8%」

脳内部長「G、というのは2004年にはなかったと思うが、これは何かね」

脳内課長「その年にノヴェライゼーションの仕事をひさびさに受注いたしました。A~Fは基本的に原稿料や出演料、講師料など単発の仕事がほとんどでして、印税仕事はその時期ほぼ発生しておりませんでした。その年から印税分の仕事は別枠にカウントするようにした次第です」

脳内部長「比率としては当初の計画通り、Cが減少してAが増加しているが、同時にFのインターネット仕事も増えているね」

脳内A「それは前年の2011年からの傾向です。2011年度からネット媒体からのオファーが入るようになりまして、信頼のおける編集者が在籍している媒体から実験的に参入を開始しました。というよりも、参入せざるをえなくなったと言ったほうが正しいかもしれません。感覚としてその時期から、CだけではなくBクラスの出版社でも市場の縮小傾向が顕著になってきました。雑誌ごと休刊になるだけではなく、同じ媒体でも原稿料が引き下げになったり、書評コーナーがなくなるというケースも増えました。2012年の段階ではまだAクラスは従前の待遇を保証してくれていたのですが、CからBと広がっていく緊縮化の傾向は止まらず、間違いなくAにも波及するものと思われました。そこで、新たな努力目標としてF、すなわち紙ではなくインターネットの分野でも仕事を増やす必要があるという結論に達したのです」

脳内部長「なるほど。専門から一般への移行を果たしたはいいが、その一般出版社にも頼り切れない現実が見えてきたわけか」

脳内課長「はい。そして、ここからがさらに厳しい舵取りを強いられる局面でございました」

ここまで聞いたところで目が覚めてしまった。続きはいずれまた。

今年も一年間よろしくお願い申し上げます。2016年1月1日現在の最新の仕事は、12月23日に発売された電子書籍「スギエ×フジタのマルマル読書」です。「GINGER.L 」連載をまとめたもので、2010年から2016年まで藤田香織さんと組んで、最新刊と文庫化作品について対談形式で書評をやっておりました。まったく趣味嗜好の違う二人だけに、クロスレビューのおもしろさもあると思います。3分冊になっておりますので、好きなところからお読みください。

二人ともマルマルした体格だからこの題名なのだとか。命名者は藤田さん。

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