杉江の読書 『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)

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 1939年、世界が戦争に向けて進みつつあった冬、25歳のトーヴェ・ヤンソンは閉塞感の中で行きづまる。彼女には、諷刺誌「ガルム」に寄稿する際、絵の片隅に署名代わりのように描いていたキャラクターがあった。それを自身の不安感を代弁するような世界の中に投げ込み、行動させる。ムーミン・シリーズの最初の作品、『小さなトロールと大きな洪水』はそうした試みの結果として生まれたのだ。ただし本書は、1945年に出版されてから1991年に復刊されるまで幻の一冊となっていた。

描かれるのは文明滅亡後を思わせる、大洪水によってすべてが水没した世界である。幼いムーミントロールの手を引いて行方不明のパパを探し続けるママの姿は、故郷を喪失した戦争難民を思わせる。ママは「ちゃんとした、あたたかいたべもの」を探すが、容易には得られない。にもかかわらず彼女の前には、資産を無駄遣いするかのようにお菓子の家を作る男が現れるのである。そこに留ればいいという勧めをママは「ほんもののお日さまの光のもとで、自分たちで家をたてようと思っているのです」と断る。新興国だったフィンランドは国際政治情勢の中で翻弄され、国内にはファシスト政権と手を結ぼうという声も上がるほどだった。その政情を反映しているかにも思える。

「ガルム」で描かれたムーミントロールは人家に住み着く妖怪のような存在だった。だから彼らの家は、フィンランドの基本的な住宅設備であるタイルストーブに酷似しているのである。本書でママが「人間はわたしたちのことを、ときどき首すじにふうっとふきつける、つめたいすきま風のようなものだと思っていた」と語っているのは、自身の妖怪としての出自に沿ったものだ。初期のムーミン・シリーズにはジュール・ヴェルヌの影響が見られるが、ヤンソンは序文でそれを肯定し、登場人物の一人チューリッパがカルロ・コッローディ『ピノキオ』の仙女に想を得たものであることも明かしている。

(800字書評)

トーヴェ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の彗星』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の夏まつり』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の冬』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパの思い出』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパ海へ行く』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の十一月』(講談社青い鳥文庫)

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