杉江の読書 『ムーミン谷の夏まつり』(講談社青い鳥文庫)

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 トーヴェ・ヤンソンは素晴らしい喜劇作家でもある。その才能を如何なく発揮したのが、1954年に発表した第四作『ムーミン谷の夏まつり』だ。最高のコメディエンヌ、ちびのミイの初登場作でもある。

本書で再びムーミン谷は水害に見舞われる。とはいえ『小さなトロールと大きな洪水』のそれほど深刻なものではなく、家が水没してもムーミントロールの一家は普段と変わらない生活を続ける。異変といえばせいぜい、ムーミンママがいつもの家事を放棄し「きょうはもうおさらをあらわないわ!」「だって、これからは、もうおさらあらいをしないことになるかもしれないでしょ?」とうきうきしながら言うぐらいのことだ。水上生活を送り始めた一家はやがて、流れてきた建造物に住処を変える。しかしそこには謎の先住者がいたのである。

ムーミン・シリーズにはヘムルという滑稽な権威主義者たちが登場する。自らを縛る規範や価値観から脱することができなくなってしまった人々だ。それと正反対なのがスナフキンで、彼はあらゆる規則や制約を嫌っている。本書の後半では、ムーミントロールが両者の対立に巻き込まれ、理不尽な仕打ちを受けてしまう。その図式は警官と浮浪者のいたちごっこを描いたチャーリー・チャップリンの喜劇映画のようである。本書にはもう一つ大がかりな仕掛けが準備されており、ミステリーファンならば手を叩いて喜びそうなその趣向とムーミントロールの受難劇が合流したところで盛大なフィナーレが訪れるのだ。

なお、本書で重要な役割を担うねずみのエンマのモデルは演劇家ビビカ・バンドラーである。ヤンソンは本書を彼女に捧げたほか、『たのしいムーミン一家』に二人の頭文字をとったキャラクター、ビフスランとトフスランを登場させている。1949年にヤンソンが脚本を書いた児童劇「ムーミントロールと彗星」にバンドラーが助言を与えたのが二人の出会いとなった。その思い出が書かせた一冊でもあるのだろう。

(800字書評)

トーヴェ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の彗星』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の夏まつり』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の冬』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパの思い出』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパ海へ行く』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の十一月』(講談社青い鳥文庫)

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