芸人本書く列伝classic vol.3 吉川潮『談志歳時記 名月のような落語家がいた』

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談志歳時記―名月のような落語家がいた

かつて『泣き虫』という本があった。

プロレスラー・高田延彦が自身の半生を振り返り、ライター・二宮清純がまとめたものである。当時はまだミスター高橋『流血の魔術 最強の演技』(2001年)に端を発するプロレス暴露本ブームのさなかであったから、2003年にこの本が刊行されたときにもそうしたものの一冊として受け止められた。だが刊行から10年経った今になって再読してみると、むしろ「そういう部分」よりは、「最強」のキャッチコピーで業界の頂点に君臨していた過去のある高田が、意外なほど脆い自己の内面を吐露して見せたことのほうに意味があるように思われる(暴露という意味ではむしろ同年の佐竹雅昭『まっすぐに蹴る』のほうが過激だ)。本の題名を『泣き虫』にしたのは慧眼であった。

さて。

2012年も残りわずかになったときに、『新・泣き虫』とでもいうべき本が登場した。吉川潮『談志歳時記 名月のような落語家がいた』(新潮社)である。

吉川は立川談志が創設した落語立川流の顧問を務める作家だが、ファン歴は実に長い。1963年、15歳のときに長唄三味線弾きの父に連れられて立川談志の真打披露興行を聴きに行き、「源平」のロックドラムを思わせるギャグの連打に魅了されてそのままファンになったというから、半世紀弱に及ぶ歴史があるのだ。立教大学を卒業し、当時としては珍しい20代の演芸評論家となる。食えないので放送作家の仕事もこなし、それが縁で後には伝説の演芸番組『花王名人劇場』で企画構成も担当した。三遊亭小遊三が売れるきっかけとなった1981年3月8日放送の「爆笑!! プロ野球、まもなく開幕」は同番組を吉川が初めて手がけた回だったという。卒論を桂文楽で書き、そのまま落語評論家となった山本益博も同時期にこの番組を手がけており、2人はほぼ同期といえる。

立川談志とは報知新聞で演芸評を書いているときに初めて会い、『花王名人劇場』で出演回の企画を担当するなどの機会があって縁が深まっていく。吉川の作家としてのデビュー作「駄洒落夫人の恋人」(実業之日本社『人情色のTokio』所収)の題名は、談志が司会時代の人気番組『笑点』であったネタからいただいたものだ。

『談志歳時記』は大きく二部に分かれている。第一部の「立川談志は名月である」は「新潮45」2012年5~12月号に連載されたもので、談志の一代記を意図したものである。上記のような雌伏期の間に吉川は小説家としての腕を磨いていく。やがて5代目春風亭柳朝を主人公とした『江戸前の男』(新潮文庫)などの著作により「最後の芸人作家」として独自の地歩を築くに至るのである。その過程は、立川談志が落語界の呪縛から自らを解き放ち、稀有な才能を開花させていった時期とほぼ重なっている。吉川は日に日にその姿を変えていく月に談志をなぞらえ、流れゆく時の重みを演出してみせたのだ。

「立川談志は名月である」は2007年12月18日、談志が「芝浜」を演じて高座を下りる場面で終わっている。談志自ら〈芸術の神〉が舞い降りたと自讃した伝説の口演である。談志71歳、いわば芸歴の頂点で叙述を終えるのは、一代記としては綺麗でも物足りなさが残るような気がする。

――という読者の声は想定済みなのだろう。その後がある。「談志日月抄」と題された第二部は、談志の最後の5年間にあたる2007年から2011年までの記録だ。これは立川流顧問に就任した著者が、自身の寿命を60歳と思い定め、2007年に59歳になることから、あと2年の間、お世話になった家元(談志)の仕事について書き残し、最後のご奉公としようと目論んだものなのだという。つまりは何事もなければ世に出るはずがなかった手記だ。首尾よく吉川が家元よりも先に逝けば「死後この原稿が小説新潮あたりに発表され」談志が「顧問はこんなに俺のことを思っていてくれたのか」とホロリとする首尾となるというわけだ。ただしこの目論見は残念ながら外れてしまう。言うまでもなく、2011年11月21日に家元・談志が亡くなったからだ。

第2部を読むと、上に書いたような読者の不満、すなわち「うわべの綺麗さばかり」という批判があらかじめ封じられていることがわかる。だって、第1部は2007年12月18日、談志の絶頂で終わるのに、第2部はその1年前から叙述が始まり、「芝浜」以降が赤裸々に書かれているんだもの。2008年以降談志は急速に老いていき、吉川は納得のいかない高座を何度も目撃することになる。

絶頂のあとの落魄。この残酷さ。

『談志歳時記』に吉川潮がこめた覚悟の凄まじさを思い知らされるのは、次のような記述を見たときだ。2009年4月13日、新宿・紀伊國屋ホール。それは談志が前年8月来の休養期間を終え、記念すべき復帰の高座を務める日だった。このときの模様は『談志が帰ってきた夜』というDVDブックに収められているので、本書を読んで関心を持った人はぜひそちらにもあたってほしい。かつての姿を知る人ならびっくりするような声で、痛々しく談志は「首提灯」を演じている。それを吉川はこう書くのだ。

残念ながら落語の体を成してない。江戸っ子と田舎侍のやり取りは台詞を棒読みしているみたいで、江戸っ子の悪態、啖呵は迫力に欠け、侍の居合い斬りは裂帛の気合いどころか、あれでは竹一本も斬れまい。かろうじて斬られた首が動くところで笑いを取ったが、見るべきところがないまま終わった。

そして翌日。自宅電話に談志のこんな留守録が残っていたことに意を決し、吉川は折り返しの電話をかける。

「昨日はありがとう。もうダメ。ダメであることをあなたに肯定して欲しいんだ。皆は大丈夫だとか、まだまだやれると言うんだけどね。それも顧問の役目だからっひとつよろしく」

すぐに自宅に電話する。本当のことを言うしかないと覚悟を決めた。

「正直に申し上げます。昨夜の高座は落語の体を成しておりませんでした」

家元は一瞬息を飲んだ。そういう批評は予期していなかったのだろう。

「……体を成していなかったか」

吉川は、ある時期から「演芸評論家」としての自分を捨てたように思う。言うまでもなく、「落語立川流」の顧問を引き受け、内側の人間になったためだ。評論をするのであればどの流派、どの協会に対しても外部の人間でなければならない。山本益博は著書『立川談志を聴け』(プレジデント社)の中で演者とズブズブの関係にならなければ本当の落語評論はできないという意味のことを書いていたが、私はそうした態度には疑問を感じる。

吉川潮の判断によって落語立川流を除名処分となった快楽亭ブラックは、その遺恨もあってか、家元・談志にとりこまれた吉川に正当な落語評論ができるのかという批判を繰り返し行っている。ブラックと絶縁関係にある吉川はそれに対して表立った反論をしていないが、本書のこのくだりが回答になっている。つまり吉川は、評論家であることを捨てて、立川流顧問の途を選んだのである。内部の人間として生きるのであるから、立川流に対しての批判は不可能となる。同時に、立川流への批判は我が身を刺すものともなる。そうした覚悟をするのが顧問という立場ではなかったか。だからこそ内部では、立川流に、そして家元・立川談志に対して直言をする必要がある。それゆえの「体を成していなかった」との批判だ。

電話を切った後「俺はなんてことを言ってしまったんだ」と愕然とした。家元の高座を「落語の体を成していない」と酷評したのだ。いくら家元に「ダメであることを肯定して欲しい」と言われたにしろ、他に言い様があったろうに。

瞼の裏が熱くなって涙が吹き出した。

ためしに『談志歳時記』第一部と第二部に出てくる「涙」と「泣」の文字を数えてみた。結果は一目瞭然。第一部は「涙」「泣」ともに6個だが、第二部では「涙」が18、「泣」が11と比べものにならないほど多い。あとがきで著者自身が「よく泣いていることに呆れる」と書いているとおりだ。ほかに「淋」「辛」なんて文字も頻出する。淋病で辛いわけじゃない。淋しくて辛いのだ。涙がこぼれてしかたがないのだ。

特に2011年8月1日、自宅療養中の談志を見舞ったときは、なんとか本人の前で涙を見せまい、見せまいとがんばったあげくに限界となり、談志のマンションを辞してドアを閉めたとたんに「ずっと堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。エレベーターの中でしゃくり上げ、出てからは涙を拭きながら根津神社へ向かって歩く。境内へ駆け込むと声を上げて号泣した」との泣きっぷりである。『新・泣き虫』たるゆえんはここにある。

男は泣かないものだという。一説によれば人前で涙を見せてもいいのは母親が死んだときと娘が嫁ぐときだけだとか。父親と息子の立場がないだろうそれは、と思うのだが。

しかし、いいじゃないか。

自分のために流す涙ではないのである。男惚れに惚れ、半世紀もの間その姿を見続けてきた人なのだ。泣いたっていいじゃないか。人のために、憧れの人のために流す涙なのだ。わんわん泣いたらいいと思う。泣ける相手がいるだけ人として幸せだ。

自分にとっての「名月」は誰か、ここまで泣くことのできる人が自分にはいるか、と考えながら読むべき本である。本当にそういう存在がいる人は、この本を読んでいるときにはあまり泣けないと思う。本を閉じ、ふと自分にとっての大切な人のことを思い出す。その瞬間にじわりが涙がこみあげてくるはずだ。そういう本なのである。

本稿は「水道橋博士のメルマ旬報」連載を許可を得て転載しているものです。「メルマ旬報」は月3回刊。杉江松恋の連載「芸人本書く列伝」はそのうちの10日発行の「め組」にてお読みいただけます。詳しくは公式サイトをご覧ください。

「芸人本書く列伝」のバックナンバーはこちら。

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