杉江の読書 松尾スズキ『108』(講談社)

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108

シミルボンで、その月の小説誌に載った短篇の中からベストを選ぶ「日本一短篇を読む男」という連載をやっているのだが、その八月分に書いた原稿を一部転載する。「小説現代」八月号に一挙掲載された松尾スズキ『108』をお薦めしておきたいからだ。

劇作家でタレントまがいのことをしている海馬五郎が主人公のシリーズ作である。相変わらずあれやこれやの半端仕事をしながら小金を稼いで生きている海馬だったが、過去に撮影した映画「踊る精神病院」がミュージカル化されることになったり、ベストセラー『夫のちんぽが次第に消えた』の脚本化を任されることになったりで忙しい。そこに大問題が発生する。妻が若いモデルに入れあげ、彼との浮気妄想を自分のフェイスブックに書き連ねていることが発覚したのだ。難詰すると、考える時間が必要と言って妻は家出してしまう。その間もフェイスブックには妄想が垂れ流しになっており、海馬は逆上する。これはもう離婚する、妻に財産をとられるのは悔しいので、今ある2000万円の貯金をすべて使い尽くす。妻のフェイスブックにいいねをした人数が108、その人数の女を抱いて失くしてしまうのだと。
以降『好色一代男』のような海馬の女遍歴がばかばかしく描かれていく(構成からいって絶対意識している)。海馬の父親が病気で明日をも知れぬ状態にある、という伏線が張ってあるので、これは何かあると思っていたが、途中で「病室で二人羽織」という輝かしい滑稽場面になる。この部分だけでも読む価値があるといえよう。わざわざ触れなければならない気持ちにさせられた、おそらく2018年に最も笑える小説である。単行本が待ち遠しい、と書いていたらされたのだが、なぜかあまり評判になっていないような気がするのでここにお薦めする次第である。「病室で二人羽織」なんちゅうことを考えるものかと思った。

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