落語通信 電撃座「談慶の意見だ ♯23」

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一昨日の12月21日は新宿五丁目のcafe livewireにて落語立川流真打の立川談慶さん独演会「談慶の意見だ」であった。23回目をもってこの会は一旦終了する。最終回ということで大勢のお客さんが詰めかけ、盛況であった。

演目は以下のとおり。

動物園

らくだ

仲入り

芝浜

「動物園」は怠け者の男が急死したライオンの剥製に入って代役を務めるというものだが、談慶版だと園長がかなり怪しい人物なので、そこから笑いを誘う。上野動物園にはかなわないので珍獣専門の下野動物園と命名したと嘯く園長は、全世界から怪鳥ロプロスなどの実在が疑わしい動物を集めているのである。「うちのペンギンは飛ぶ」と主張する園長に男が「いや、ペンギンは飛べないじゃありませんか」とつっこむと「熊ん蜂のパラドクスを利用していますから」と平然と返すところが個人的にはツボだった。

「らくだ」では、兄貴分の「丁の目の半次」が暗黒街の住人のように凄んでみせるのだが、その荒んだ雰囲気が後半の伏線になっている。後半の見どころは屑屋の衰退で、感情が急激に変化するだけではなく、話がループしたりしてリアリティがある。感心したのは、屑屋が落魄した理由が酒でやられて目が利かなくなったためとしてあることで、これが生きた雨蛙を騙されて買う羽目になった理由である。理にかなった演出だと思った。

「芝浜」もいろいろな工夫が見えた一席だった。たとえば、芝の浜からの帰りに魚勝が近所の男に会ったりする。ここは最後の伏線回収の仕方が自分の予想は異なっていたのだが、おもしろい意図だと思った。感心したのは、魚勝が「おっかあ、死のうか」と言い出す理由が、単に巨額の負債を新たに拵えてしまったからではなくて、酔った勢いで仲間にいい顔をしてしまい、借金を引き受けるとまで安請け合いしたから、というところだった。仲間に嘘を吐いてしまった自分は「江戸っ子として顔向けができない」から死ぬというのである。このへんの了見はいいのではないだろうか。

約2時間の熱演後、お客さんも交えての打ち上げ。これにて私が電撃座で関わった落語興行もひとまずすべて終了である。四年間、お世話になりました。

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