幽の書評vol.9 若竹七海『バベル島』

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バベル島 (光文社文庫)

〈あやし〉のグラデーションが読者を魅了する。読者を思わぬ方向へと連れ去る恐怖小説集

――梅の樹は生きているもののごとく、多量の樹液をほとばしらせて、どうと倒れた。

若竹七海の最新短篇集『バベル島』の劈頭に収められた「のぞき梅」は、ある旧家の庭に立っていた白梅の木をめぐる奇譚である。夭折した友の家族に招かれ、その家を訪れた主人公が、たまたま梅酒のゼリーを持参していたために一家と梅にまつわる因果を聞かされる。話が次第にあやしの色を帯び出し、読者は現実と虚構の淡いへとひきずりこまれるのだ。暗澹たる余韻の残る幕切れなど、作法通りの怪談として楽しめる一篇だ。

続く「影」も、白い洋館風の二階家を舞台の背景に見立てた純粋な怪談である。ところが、ここから作者は少しずつ舵を切り、意外な方向の航路をたどり始める。最後の一撃とでも言うべき幕切れの一文が強い印象を残す「白い顔」は、ミステリー的な伏線の技術が効果的に使われた作品だ。そこから「人柱」「上下する地獄」「ステイ」「回来」と、しりとり遊びのようにモチーフを受け継ぎながら、個々の作品は変貌していく。

「ステイ」は発端と結末が見事に呼応した作品で、リドル・ストーリーの形式をとっている。「回来」は、ある町から父子が出られなくなるという状況が描かれた、不条理な感覚を味わえる作品だ。それぞれの短篇ごとに、違った作法が凝らされているのが嬉しい。なんとも贅沢な短編集なのである。

全11篇、初めから単行本化を期として発表されたものではないだろう。雑誌掲載時の形からどの程度加筆がされているのかは未確認だが、全篇を読み終えた時点で作品集に確固とした特徴づけが施されていると感じた。ご存知のとおり、若竹は連作短篇ミステリーの名手である。その技法が十二分に凝らされているのだ。

表題作は、「バベルの塔」をわが手で実現するという妄執にとりつかれた、サー・ジェイムズという人物にまつわる奇譚である。六十年という歳月をかけ、自らの領地であるイギリス・ウェールズ北西部の孤島に、彼は巨大な楼閣を築こうとする。いよいよ落成という日に、おそるべき事実が明るみに出るのだ。シニカルな味に満ちた、表題作にふさわしい一篇である。

個々に作品を読むだけでも十分楽しめるが、「のぞき梅」から「バベル島」まで通読すれば、違った読後感が味わえるはずだ。本を閉じたとき、誰もが同じ感想を漏らすである。「結局、いちばん怖いのは○○だよね」と。その呟きを導くため、周到な計算をもって作者は個々の物語を配列している。現代の百物語は、終わりにとんでもない怪を招いてしまうのだ。私は若竹七海という人がいちばん怖い。

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