幽の書評VOL.11 高橋克彦『たまゆらり』

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たまゆらり (実業之日本社文庫)

途切れた記憶が思わぬ魔を呼びよせる

高速で空中を動き回る、黒い玉がある。ビデオ映像などに写りこんだ謎の物体は、たまゆらと名づけられた。〈私〉は、その正体を解明したいという思いに駆り立てられるのだが――。

『たまゆらり』は、不思議現象に取りつかれた男を描く標題作をはじめ、全十一篇を収めた短篇集だ。収録作のうち六篇が年間傑作選のアンソロジーに採られているという、粒ぞろいの作品集である。

高橋自身を思わせる作家の〈私〉が語り手を務める。現実の世界に生きる人が異界のものに出逢うためには、どこかで変換装置を経由する必要があるが、本書の場合は〈私〉がその役割を果たすのだ。物語を行う者の視野自体が歪んでいるから、その光景を見ているうちに読者も怪しい世界へと足を踏み入れることになる。

記憶を主題とした作品集でもある。歪みの正体は、記憶の欠落なのだ。過去のどこかで自己の連続性が失われているのではないか、という疑念を抱いたことがない人はいないはずだ。そうした不安を、高橋は拡大してみせるのである。

記憶をなくしたまま暮らしていた男が失われた過去を復活させようとする「隠れ里」や、過去の記念写真に写りこんだ謎の少女の正体を探る「あの子はだあれ」など、停止していた時間が動き始める瞬間を描いた作品では、今ある自分は本当の自分ではなかったのかもしれない、という自己崩壊の恐怖を味わわされるだろう。もっとも身近な場所に、魔は存在する。

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