幽の書評vol.14 京極夏彦『西巷説百物語』

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西巷説百物語 (角川文庫)

語りの芸のさらに上を目指す妖怪作家

人形浄瑠璃の夜の楽屋で事は起こった。塩冶判官と高師直、『仮名手本忠臣蔵』で使われる二体の人形が、闘争の後のような状態で床に落ちていたのだ。胴体から跳ね飛ばされた塩谷判官の首は、額が二つに割れていた。それはまるで、魂の入りすぎた人形が人気のないのを見計らって相争ったかのような事態であった。一座の人形遣い・豊二郎は、大事な首が損なわれた以上、芝居は出来ないと渋る。それを説得し、修理のために人形師を訪ねるように説得したのは、この間から一座に入りこんでいた、林蔵という名の男だった――。

夜の芝居小屋で起きた怪異を描いた「夜楽屋」をはじめ、七つの短篇を収める。京極夏彦の巷説シリーズ第五弾、『西巷説百物語』である。これまでの中心人物だった御行の又市に代わり、本書では靄船の林蔵が狂言廻しの役を務める。公家の落胤との噂がある男だ。本シリーズが異色の時代小説として人気を博した理由の一つに、人間の複雑な心理の襞を解きほぐす触媒に〈妖怪〉を用いた、趣向の妙がある。作者は、妖怪という現象を頼りに人々の心に入りこみ、秘密を暴き立てるのだ。最新作の本書では、その物語形式にさらなる進化がある。人には見せたくない過去の記憶は、本人ですら普段は到達不可能な、意識の最深部にしまいこまれている。そこへ手を届かせるために採用されたのが、語りの魔術なのである。まるで自分の心が暴かれていくような、不思議な読書感覚を伴う一冊だ。

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