幽の書評vol.17 飴村行『粘膜戦士』

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粘膜戦士 (角川ホラー文庫)

閉鎖社会の恐怖を嘲笑とともに描き出す

陸軍軍曹・丸森清は、金光大佐から内密の呼び出しを受け、執務室へと足を運んだ。直立不動でその命を待ち構える丸森に、彼は言い放つ。「本日一四〇八、ベカやんこと丸森清軍曹はこの場において、ワシの勃起した陰茎を右手でしごき、可及的速やかに射精させよっ」 悪夢の命令に対し、丸森は『極めてグロテスクな牛の乳絞り』として我が身を納得させながら任務を遂行した。だがそれは、さらなる試練の幕開けであったのだ(「鉄血」)。

飴村行は、二〇〇八年に『粘膜人間』で第十五回角川ホラー小説大賞長編賞を受賞してデビューを果たした。戦時下の日本を舞台にした〈粘膜シリーズ〉は、口唇期や肛門期の欲望がそのまま残存したような性欲や人体損壊への執着を描いた極北のホラー小説である。『粘膜戦士』は、シリーズ初の短篇集であり、過去の長篇作品では語られなかった前日譚や裏話などが全五篇の中に織り込まれている。独立した作品集ではあるが、シリーズ読者向けのファンブックの性格も備えているのだ。最初に紹介した「鉄血」は、『粘膜人間』の冒頭に登場して忘れ難い印象を残す「ベカやん」を主役に抜擢した一篇だ。各種の従軍小説で明らかにされている通り、旧帝国軍では個々の人権が無視される、絶対的な階級社会が成立していた。人間が人間として扱われない世界の常識は外の世界の非常識であるということを、飴村は過剰なまでに誇張して描く。極彩色の悪夢は、けたたましい笑いに満ちているのだ。脳波が乱れるぞ。

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