幽の書評vol.18 フリードリッヒ・デュレンマット『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』

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失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選 (光文社古典新訳文庫)

世界に充溢する黒い空気を克明に描く作家

繊維業者のアルフレード・トラープスが運転していた自動車が突如エンストを起こし、彼は修理が完了する翌朝まで足止めされてしまった。宿を提供してくれた老紳士に誘われ、トラープスは館で行われる夜会に参加することになる。主人を含む四人の老人とトラープス、男だけのささやかな集まりだ。その席上で主人は変わった申し出を口にする。彼は引退した裁判官で、客たちの中には元検事や弁護士もいる。それぞれが昔の職業を演じ、裁判ごっこをするのが恒例の座興だというのだ。よければ被告役をやってもらえないか、という頼みを承諾しトラープスは自身の過去について語り始める。それは思いのほか快い行為であり、彼は次第に昔語りに没頭していく。そして驚くべき事実が明らかになるのだ。

フリードリヒ・デュレンマットはスイス生まれの劇作家だ。戯曲以外に小説の著作も多く、本書に収録されたような傑作を多数遺している。作品の空気は厭世的で死の影が漂うことが多く、物語は時に読者を嘲笑するかのように皮肉な結末を迎える。巻頭の「トンネル」の意外すぎる展開でまず読者は度肝を抜かれるだろう。奇妙な裁判ごっこを描く「故障」もまた唖然とさせられる作品だが、独創的ということでは本書の中でも随一である。こんな小説は読んだことがない、と呟きたくなる短篇なのだ。まったく先が読めず、ざわざわと気持ちを波立たせるものがある。そして本を閉じたときには、世の中に対する深い諦念が心の中に染み付いているのだ。デュレンマット、恐ろしい作家である。

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