幽の書評VOL.29 ジェームズ・ロバートソン『ギデオン・マック師の数奇な生涯』、ディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』、エドワード・ケアリー『肺都』

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ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)

現実と幻想の境界線を容易に飛び越える

不審死した牧師が生の最後にしたためた長大な遺書が刊行され、その出版に至った経緯が序文として付された。ジェームズ・ロバートソン『ギデオン・マック牧師の数奇な生涯』は、そんな手記文学の定型を持った小説である。序文で「数奇な生涯」なるもののあらましが語られる。くだんの牧師は〈黒の顎門〉として知られる渓谷で滝壺に落下し、奇跡的に生還した。息を吹き返してから語ったところによると、彼は悪魔によって命を助けられ、行方不明になっていた期間、生活を共にしていたというのだ。詐話か妄想としか思えないこの出来事に向けて、牧師の「遺書」は進んでいく。彼の幼少期から始まるその話は、信仰心を持たない人間がいかにして牧師になりおおせたか、というピカレスク小説としても読めるし、実父や神といった父性との葛藤の物語にもなっている。その中心には牧師にしか見えない岩が森の中に出現するという超常現象があるのだ。形式からして虚実の間を往還して見せると宣言しているような小説であり、奇妙なユーモアもあって飄逸である。

現実と幻想が意外な形で同席しているといえば、ディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』がある。新たに刊行されることになった短篇選集の第一巻で二十篇のうち十九篇が本邦初訳という嬉しい作品集だ。現代イタリアを代表する幻想作家であるブッツァーティの作風は多岐にわたるが、現代人が通常は意識下に押し込めている根源的な恐れを唐突な形で浮かび上がらせる技法が卓抜である。本書でいえば核兵器や最終戦争への脅威を象徴的に描いたと覚しき「リゴレット」、自身の人生がすでに破滅してしまったことを不意に悟らされてしまった人々を描いた「新しい奇妙な友人たち」などをご覧いただきたい。日々増大していく不安に押しつぶされる男の話「屋根裏部屋」も圧巻だ。

もう一作は、二〇一七年における幻想小説の個人的な最高傑作『肺都』をご紹介したい。『望楼館追想』『アルヴァとイルヴァ』に続くエドワード・ケアリーの第三作、〈アイアマンガー三部作〉の掉尾を飾る作品だ。舞台となるのはヴィクトリア朝のロンドンで、大都市のごみ処理を一手に引き受けて巨万の富を築いたアイアマンガー一族を巡る長篇である。第一作『堆塵館』は一族の巨大な居館が、続く『穢れの町』では彼らが支配する城下町がそれぞれ舞台になった。アイアマンガーの中には特殊な能力を持つ者がいるのだが、『肺都』では彼らが、自分たちを滅ぼそうとした者に復讐するため、ロンドンに潜伏して邪悪な計画を実行に移そうとするのである。冒頭、その一人が口から吐き出した夜によってなんと帝都には永遠の闇に包まれる。壮大な物語を、ぜひ第一巻からお読みいただきたい。

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