小説の問題vol.13 姉小路祐『二重逆転の殺意』

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二重逆転の殺意―見当たり捜査25時 (トクマ・ノベルズ)

こってりとした大長篇もいいが、たまには味付けのあっさりとした佳作もいいものだ。フルコースのフランス料理ではなく、ついでにすする蕎麦みたいな小説。今回選んだ姉小路祐『二重逆転の殺意』はそんなミステリーである。もっとも舞台は大阪だから、蕎麦というよりうどんか。

姉小路祐。八九年に長篇処女作『真実の合奏』(角川書店)で第九回横溝正史賞佳作を受賞してデビューした作家だから、もう十年選手だ。飛び抜けた代表作はないが、司法書士資格の肩書きを持っていることから、司法知識を活かしたミステリーを書かせるとうまさを発揮する。

彼の創造したシリーズキャラクターの中で最も印象的なのが老九州男児の硬骨漢・朝日岳之助である(ドラマ化された時は小林桂樹が演じた)。朝日は冤罪事件専門の弁護士として、常に弱者を救う姿勢を貫いており、シリーズ第五作の『黄金の国の殺人者』(中央公論新社)では殺人罪に問われた不法就労外国人を弁護し、彼らが現行の裁判制度の下では不公平な扱いを受けることを告発している。

こう書くとこのシリーズ、いかにもお堅い小説のように思われるかもしれないが、まったくそんなことはない。硬質なテーマはトリックと融合することにより、ミステリーの一要素として完全に昇華されているからだ。このトリックの独創性が素晴らしく、例えば『黄金の国の殺人者』で使われているアリバイトリックなど、あまりにも大胆すぎて一瞬ページを繰る手が止まってしまうくらいである。トリックをかなめとしてミステリーを書くのは、基本に忠実な作法だが、姉小路はこれを愚直に続けることにより、密かに腕を磨いてきた。

そこで『二重逆転の殺意』だが、本書は大阪府警の警官を主人公にした警察小説である。姉小路にはすでに大阪が舞台の『刑事長』(講談社)という警察小説のシリーズがあるが、今回は新しいメンバーがお目見している。主人公のウラやんこと浦石大輔刑事は、捜査共助課に属し、担当は見当たり捜査である。見当たりという言葉は耳新しいが、要は指名手配写真を覚えては街に出て、記憶を頼りに犯人を逮捕することを指すのである。そのためいつも指名手配写真とにらめっこしている、けったいな警官がウラやんだ。またウラやんの奥さん、姫こと浦石姫子巡査部長は生活安全指導班に属している。通称婦警コント班。その名の通り、犯罪を題材にしたコントを演じ、観客に防犯意識の重要さを伝えるのが仕事だ。何だかずいぶんと大阪らしい婦警さんである。

この警官夫婦の生活と並行して二つの犯罪の進行が描かれていく。一つは金融がらみの詐欺事件であり、もう一つは十代の少女のホテトル売春である。両方とも珍しいものではないが、二つの事件の交点に殺人事件の痕跡が見えてくるあたりから物語はおもしろくなっていく。他の作品に比べ、ひねりが利いたプロットのせいか事実の並べ方がやや乱暴で未整理な印象なのだが、そんな不満など吹き飛ばしてしまう素晴らしいトリックが待ち受けている。すぐに連想したのはクリスティの某作品だが、こういう風に換骨奪胎されるとトリック主体のミステリーもまだまだ捨てたものではないではないか。

姉小路の弱点は文書が生真面目すぎることである。本書でも「芸能人は歯が命という言葉があるが、さしずめ指名手配犯は目が命だ」なんて文章があって思わず苦笑してしまった(ワンテンポ遅れて昔の流行語を使っているあたりが致命的なズレ方なのだ)。だが、それもご愛敬。彼は自然食品のように素材で勝負する作家である。ややあっさり味と感じるかもしれないが、一読して損なしだ。

(初出:「問題小説」1999年4月号)

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