小説の問題vol.17 白石一郎『航海者』

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三浦按針の生涯 航海者 上 (文春文庫)

「一九九九年第七の月」は無事に終わったのだろうか。原稿を書いている時点では「恐怖の大王」どころか、空から降ってくるのは雨ばかりだが。大王を待ってぼんやりしている間に、読書界には大傑作が彗星のごとく降臨してきた。白石一郎の『航海者』である。

われわれの知る日本史像は、ここ十年あまりで大きく様変わりした。特に中世民衆史の風景を変貌させるに多大な貢献をしたのが、『無縁・公界・楽』(平凡社)に代表される網野善彦の著作である。同書で網野が国家の支配が十分に行き届かない社会の周縁部に生きた人々にスポットライトを当てたことにより、日本史研究の幅は格段に広がった。また歴史・時代小説の分野に与えた影響も大きく、故・隆慶一郎が、漂泊する「道の者」たちを作品の中で描いたように、新たな世界観が小説の中に芽生えたのである。白石もまた、その新たな潮流を汲む作家である。

白石小説の特徴は二つある。一つは、地方を描く作品を書き続けている点である。これは白石が福岡市に居をかまえているためかもしれないが、おかげで九州地方の小藩を舞台としたユニークな捕物帖『十時半睡事件帖』(講談社文庫)のような作品が生まれ、時代小説ファンを楽しませているのである。もう一つは、彼が一貫して「海民」、すなわち海に生きる人々を描くことを創作活動の中心に据えている点である。直木賞受賞作『海狼伝』では村上水軍の生態を描き、柴田錬三郎賞を得た『戦鬼たちの海』(ともに文春文庫)が織田水軍の将九鬼嘉隆を主人公としたものであったように、白石の節目となる作品では必ず海の男たちの勇猛な人生が綴られている。『航海者』も同様で、主人公となるのは十六世紀末に生まれたイギリスの航海者ウィリアム・アダムズである。そう、三浦按針の日本名を拝領し、徳川家康の外交顧問として貢献した人物だ。

アジアを目指すオランダ船の航海長として野望に燃えながら出航したアダムズだが、不幸にして彼の船団は数々の苦難に遭遇する。氷のマゼラン海峡に閉じこめられたり、補給に立ち寄った島で奇襲を受けて弟を失ったり……。数々の難局に直面しながらも、歯をくいしばって耐えるアダムズの姿がまず美しい。彼は言う。船乗りにとって「航海するのが必要なのだ。生きることは必要ではない」と。そこには航海に人生を賭けた男の覚悟の様が現れている。

結局二百五十余人いた乗組員は十六人まで減り、五隻の船も一隻のみになるという満身創痍の姿で船団は日本にたどり着く。漂着したのは九州東部の臼杵湾である。そこから大阪城に護送され、当時の為政者徳川家康との対面を果たすあたりからアダムズの人生は大きく転回していくのだが、それは読んでのお楽しみとしておこう。アダムズが家康によって旗本にとりたてられる出世物語のユーモアや、祖国イギリスへの望郷の念を残しながらも異国で果てるしかなかった彼の哀感を白石の暖かい筆は生き生きと描いている。

特筆すべきは、アダムズと日本船の航海者たちとの間に芽生える不思議な共感だろう。「航海するのが必要なのだ」という覚悟は、あるいは和洋問わず海の男たちの心に通底するものかもしれない。先述の網野善彦によれば、中世の日本は列島の中に孤立した存在ではなく、航海を通じて大陸と交流し、環東シナ海文化圏とでも呼ぶべき紐帯を持っていたのだと言う。一連の白石海洋小説は海側から日本を見つめることより、そういった知られざる日本の一面を照射し続けてきた。本書によってそれが遠くヨーロッパの航海者ともつながったことにより、白石の試みは一応の決着をつけたと言えよう。とにかく一読をお薦めする。

(初出:「問題小説1999年8月号)

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