街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行・その9 熱海「遊我堂」

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遊我堂。提灯と看板がなければただの民家である。

さて、またしても静岡行である。

いい加減静岡に移住してはどうか、とか、そんなに仕事が暇なのか、とかいった声が聞こえてきそうだが、仕事は暇である。いや、以前に比べれば、それはね。いいことだ。

静岡移住も、これだけ通っているとありえない話ではないのかも、と思えてくる。あまりにも頻繁に通っているので、熱海が山手線の乗り換え駅ぐらいに馴染深くなってきたし。

で、今回はその熱海が問題なのである。

熱海に古本屋があった。いや、いつの間にかできていたのである。

それに気が付いたのは、ある眠れない晩、東海道線の駅名+古本屋という検索語をグーグルでかたっぱしから試していたときだった。出るはずがない、と思いつつ「熱海 古本屋」で検索してみると、ヒットするではないか。どうせあっても新古書店のたぐいでしょ、と思ったものの一応義務としてクリックしてみると、どうもそうではないようだ。詳しくはリンク先の記事を読んでもらいたいのだが、

・店は個人経営である。

・普通の民家を改造、というか二階建ての家をそのままにして部屋に古本を置いている。

・会計はかなり自由なかんじである。

ということがわかった。そしてフェイスブックにも店の名前「遊我堂」のページができている。

しかしその最新の書き込みは衝撃的なのであった。

「6月までの営業となります。御用の方はお急ぎください」

とあるではないか(現在は見当たらず。削除されたのかもしれない)。

これは悠長なことを言っている場合ではない。ちょうど静岡行の計画があったので、熱海で途中下車をして向かうことにした。

■呑気に駅前で足湯など浸かっている場合ではない

熱海駅からは2kmぐらい距離があり、徒歩だと時間がかかる。後の予定が詰まっているため、ひさしぶりにタクシーを使うことにした。熱海駅から市街地へは、海へ向かってループするように下っていく。メインストリートを抜け、フェリーの着く港に近い一画にその建物はあった。

タクシーの運転手は「だいたいこのへんなんですけど、よかったですか」と済まなそうに聞いてくる。観光客が来るような施設が何一つ見つからなかったからだろう。しかし間違いなく目的の場所であった。民家そのものの建物の前に、「遊我堂」と書かれた提灯が出ている。そして「OLD BOOK」と書かれた看板が。

古本屋です、と建物が全身で主張している。

遊我堂前にて武者震いの巻。

とはいうものの、なかなかに入りづらい店であった。玄関は普通の民家の引き戸である。呼び鈴もない。営業中のようなので入っていいのだろうと見当をつけ、「すみません」と声をかけながら戸を開けた。中には上がり框があり、スリッパが並べられている。

「はーい」

返事があって年配の男性が出てきた。

「あの、本を見せていただいてもいいでしょうか」

お聞きすると、どうぞどうぞ、と愛想よく言われる。いいんだ。荷物を玄関に置かせてもらい、靴を脱いで上がりこんだ。

たしかに個人住宅そのままの造りである。入ってすぐがダイニングキッチンになっていて、左手のほうがキッチン部分になっている。店主はそこにいつもはいるようだ。右側に一部屋あり、そこにはコミックやノンフィクションなどの棚が置いてあった。棚というか、コミックは段ボール箱が並べてあり、均一棚の代わりにしてあるようだ。

急な階段を上って二階へ。上がった正面に、注意事項が書いてある。

・爆買いを防ぐため、1人1ヶ月5冊までとさせていただきます

・店内はタバコは厳禁です

・携帯電話は外でお願いします

・本を読まれての吟味は結構ですが店内はお静かに願います

爆買いの原則以外は常識の範疇である。

上がったところから振り分けで左右に。まず右の部屋に入ると、壁際のスライド棚に目が留まった。

おお、落語と演芸関係の本がぎっしり。珍しさでいえば上の下くらいだが、いずれもそれ専門の古本屋で買えば値が張る本のはずだ。古い落語雑誌などもたくさんある。スライド棚の右側には箪笥があるのだが、その引き出しには文庫本が入っているらしい。箪笥のさらに右には歌舞伎などの古典芸能に関する本が入ったカラーボックスの棚が積み重ねられていた。芸能棚の向かい側には骨董関係の本。写真集や大型本も多かった。

振り分けのもう一方に行くと、そちらは海外事情のノンフィクションや食文化に関する本が主であった。小説も若干はあるが、中心はあくまでそちら。料理本はレシピのようなものから食べ歩きに関するものまで幅広く、海外本はアジア圏を扱った書が中心である。

たぶんこれは店主の趣味をそのまま反映したものなのだろう。この家は店主そのものなのだ。客は店主の脳内に入り、その関心の趣くところを共有する。そして共感した者だけが本を買って帰るということだ。なんという内的世界。

階下でお会計。結局ここでは『新作落語傑作選集下』(芳賀書店)、川戸貞吉編『対談落語芸談』(弘文出版)、飯島友治『落語聴上手』(筑摩書房)の3冊を購入した。店主とは落語という共通趣味があり、その方面で若干話も弾む。店主によれば、遊我堂の蔵書は仕入れたのではなく、ご自分の蔵書を「ブックオフに売っても仕方ないから」ということで売り始めたのだという。最初から3年で辞めると決めており、2019年6月末がその期限なのだそうだ。人の好さそうなご主人は自分の本を分け与える客が訪れるのが実に嬉しそうであった。実は上の3冊も「ええと、〇〇円」とびっくりするような額で売っていただいたのである。〇〇円の部分はご迷惑がかかるといけないから書かないが、とにかく驚くような額だ。

お店は水曜日が定休日で11~16時の営業である。16時なのは通いでここに来られているからで、16時過ぎにバスが出るからなのだという。ちなみに私はタクシーを使ってしまったが、熱海駅から出ているバスの天神町という停留所で降りるとごく近い。近所に起雲閣という有名な建物があるので、わからなくなったらそっちのほうに行くと言って道を聞けばいいと思う。

事情あって今年はあと何回かは熱海に来ることになりそうだ。閉店までそれほど時間がないのだが、ぜひもう一度くらいは寄らせてもらいたいと思う。熱海唯一の古本屋さんが最後まで繁盛しますように。

(つづく)

※許可をもらって撮影しています。

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