小説の問題vol.34 「ちくりと痛いユーモア」天藤真『親友記』・白石一郎『横浜異人街事件帖』

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ファイルを探していたら、連載原稿が2回分見つからないことに気がついた。2000年11月分と12月分である。通し番号が2つ飛んでいるのはそのため。発見次第、そこは埋める予定だ。

親友記―天藤真推理小説全集〈12〉 (創元推理文庫)

横浜異人街事件帖 (文春文庫)

最近、ミステリーの世界では古典作品の復刊が大はやりで、ファンにとっては、おもしろいことになっている(注:2001年)。

たとえば、ちょっと前に光文社で出た『「シュピオ」傑作選』なんてアンソロジーが増刷になるなんて、なかなか信じがたいことである。「シュピオ」というのは戦前の雑誌で、木々高太郎、小栗虫太郎、海野十三という錚々たる探偵小説作家が共同編集人になって創刊されたのである。たしかに質の高いアンソロジーだが、あまり一般向けではないよね。それが売れるというのは、いい傾向だ。新しい世紀を迎える時には、誰もが過去を振り返りたくなるものなのだろうか。

とにかく、この手の話題には事欠かないのだが、中でも特に扶桑社文庫と創元推理文庫の動きには注目しておいて頂きたい。扶桑社の方はあまり詳しく書くわけにいかない--というのは、私自身が企画に参加しているためだが、「昭和ミステリ秘宝シリーズ」と題して、埋もれた傑作の発掘を通し、もう一度昭和の世相を見つめ直そう、という企画である。偶数月ごとに二冊ずつの刊行予定。

一方創元推理文庫の方は、中井英夫、土屋隆夫、天藤真といったマニア人気の高い作家の個人全集を文庫で刊行している。最近そこに多岐川恭の名前が加わっており、これは大変に喜ばしい(多岐川恭『変人島風物誌』は本格ミステリーの隠れた名作である)。

さて、今回取り上げるのは、その創元推理文庫の天藤真『親友記』である。天藤は一九一五年生まれ。戦時中は中国で記者として従軍、戦後は千葉県で開拓農民として働き、そのかたわらにミステリーを執筆し続けたのである。彼の作家デビューは一九六二年のことである。雑誌「宝石」で催された、宝石賞第三回に佳作で入席したのだ。そのときの作品が、標題作の短篇「親友記」である。

「親友記」は電車内で偶然の再会を果たした男たちが、旧交を温めていくうちに不思議な感情を募らせていく--という物語を描いた短篇である。選考委員の中でも、江戸川乱歩と中島河太郎がユーモラスな雰囲気を評価しているが、その味わいこそが天藤の持ち味であり、多くのミステリー・ファンに愛されたゆえんだった。

天藤は同年、処女長篇の『陽気な容疑者たち』で第八回江戸川乱歩賞の最終選考にも残っている。惜しくもこのときは、戸川昌子『大いなる幻影』、佐賀潜『華やかな死体』の二作が受賞作となり、天藤は選に漏れたのだが、それもやむなし。この回は他の最終候補作に塔晶夫(中井英夫)『虚無への供物』もあり、選考委員たちの票が、戸川、佐賀、天藤、塔の四作に割れて大揉めに揉めるという、稀に見る激戦の年だったからだ。

天藤はその翌年、短篇「鷹と鳶」で見事に第四回宝石賞に一席入賞し、同時に第二長篇『死の内幕』を刊行してその実力を天下に見せつけた。本書は、六二、三年に書かれた作品を中心に集めた短篇集であり、天藤が新進気鋭の作家として世に出た当時の雰囲気を伝えてくれる。中でも「なんとなんと」「声は死と共に」「誓いの週末」という単行本未収録作を収載しているのは心強い。

九つの短篇の中から一作を選ぶとすると、「鷹と鳶」か「犯罪講師」だろうか。宝石賞受賞作である前者は、「親友記」と同じ親友同士の男たち二人を登場させながら、その一方が他方を殺害せんと企むさまを、ちょっと黒い笑いに包んで描いている。相手を殺せば必ず自らが第一容疑者になってしまう、というのが犯人にはネックだが、その解決策が密室殺人というのがおもしろい。最後にひねりのきいたオチも用意されていて、小粋な仕上りなのである。もう一作の「犯罪講師」は、「犯罪師X」と名乗る犯罪者が、自らの誘拐犯罪について一席ぶつのを拝聴するという体の小説である。これも他に類例のない身代金奪取のトリックがお見事。もちろん、最後の最後まで油断の出来ないどんでん返しが準備されており、短篇ミステリーとしては申し分のない出来である。

この二作には、天藤作品のユーモア、そして謎とトリックに対する愛という側面が明らかである。天藤長篇の読者であれば、代表作『大誘拐』(七九)などと比較して納得する読者も多いだろう。収録作では、たとえば愉快な艶笑譚の「なんとなんと」「夫婦悪日」や、落語「穴どろ」を思わせる「穴物語」などは、ユーモア・ミステリー作家という天藤のイメージそのままの作品である。

だが、「声は死と共に」を読むと、それ以外の作品とはうってかわった冷徹さがあり、作者の知られざる厳しい一面が発揮されている。だが、ユーモアの根底にあるヒューマニズム、人間本位の視線とは、時に苦さをも含んで人間のありのままの姿を描くものなのだ。なんだったら、O・ヘンリーの諸作を思い浮かべていただきたい。笑いの陰に、ちくりと何かが潜んでいたでしょう?

そんな意味では、白石一郎の『横浜異人街事件帖』もお薦めしておきたい一冊だ。これは、維新前夜の横浜を舞台にした連作時代小説集である。

横浜湊の廻船口入屋の差配・衣笠卯之助は、元はれっきとした御家人で南町奉行所同心として勤めていた。それがお役御免になって横浜まで流れてきた。お役御免の理由は強請。それも、私腹を肥やすことが目的ではなく、困っている人を助けるために、悪どい金の儲け方をしている奴にちょっとばかり揺さぶりをかけたのだ。侍の枠には収まらず、少しばかり世の中からはみ出した男なのだ。

もちろん腕だって立つ。柔術は渋川流、剣術は直心影流と、免許皆伝の一歩手前まで行きながら、免許を命じられるとぷいっと辞めてしまう。何かに縛られることが大嫌いなのである。

元南町奉行所の朋輩で、今は神奈川奉行所の与力役を務める塩田正五郎は、卯之助の才能を惜しみ、神奈川奉行のために働くことを勧めてきた。岡っ引・卯之助の誕生である。ただし、その身は誰にも縛られることなく、横浜の空にぶうらぶら。神奈川奉行・松平康直いわく、

「その男に言っておけ。侠気にはやると長生きはせぬ。人生意気に感じるのもよいが、ほどほどにしておけとな」

だが、そこでほどほどにできないから、卯之助という男はおもしろいのだ。

そんな彼の活躍譚七編を収めた作品集が本書だ。幕末の横浜を舞台にした連作らしく、扱われる事件もハイカラなものばかり。「岡っ引」では日本人狙いの奴隷商と闘い、「南京さん」では禁制を犯して海外に渡航した男の周囲で起きた事件を扱う。「わるい名前」は、あの横浜・生麦事件の裏側で起きた珍騒動を描く作品である。

描かれている卯之助の活躍は、どれも胸のすくものばかりだが、中にちらちらと人生の哀感を感じさせるものもある。お人好しがわざわいして貧乏くじを引かされたオランダ人水夫のことを書いた「ハンカラさん」や、異人の妾となった女の末路に哀しい人生の背景を覗かせる「エゲレスお丹」など、白石は時代小説の文法を用いて、悲喜こもごもの人生を豊かに描き出している。

白石一郎の時代小説連作というと、白石の住処である博多の街を舞台にした「十時半睡シリーズ」がまず思い浮かぶ。あまり書かれることのない、博多という舞台の珍しさもさることながら、十時半睡という老境に足を踏み入れた侍の、味のある裁きが魅力的なシリーズだ。もちろん『海狼伝』に代表される海洋小説も忘れてはいけない。海民への関心が白石小説の大きな特徴だが、貿易商グラバーを主人公にした『異人館』などの作品もある。横浜という舞台は、その延長線上にあるものと言っていいだろう。

卯之助の活躍はまだ始まったばかりだが、白石はリアルに作中時間を経過させている。この分ではいずれ、徳川幕府は大政奉還して瓦解し、東海道を官軍が下ってくることになるだろう。そのとき、卯之助はどう身を処するのだろうか。司馬遼太郎に浪花の目明かしの心意気を描いた傑作『俄』があるが、あれを超える作品になるか。楽しみである。

(初出:「問題小説」2001年1月号)

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