小説の問題vol.60「二つのロマン 重箱の隅つつき風案内」多島斗志之『汚名』 ・高野秀行『幻獣ムベンベを追え』

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汚名

幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)

トリヴィビアルな知識を披露するのがはやっているらしい。たとえば「カーネル・サンダース人形の眼鏡には、度が入っている」などと。酒場の暇つぶしにいい、害のない知識である。深夜番組「トリビアの泉」あたりがその元か。この手の知識は好きなので、私もいくつか披露を。まず一つめ。

「太平洋戦争中に処刑された最高の外国人スパイと、太平洋戦争の最高戦犯として処刑された軍人のお墓は、同じ墓地にあり、しかも同じ町内といってもいいほどにご近所である」

そのお墓とは府中市にある多磨霊園のことだ。太平洋戦争における最高戦犯といえば東条英樹であるが、彼の墓所は一見城かと見紛うほどに立派なので、近づけばすぐわかる。その墓所と同じ区画、隣近所とは言わないが、東条の番地が「一丁目一番一号」だとすれば、「一丁目一番二十号」くらいの位置にあるのがそのスパイ、リヒャルト・ゾルゲの墓である。

リヒャルト・ゾルゲはロシア生まれのドイツ人だったが、新聞記者として日本に滞在した。彼の素顔はコミンテルンに属する共産主義者であり、太平洋戦争の中で重要な働きをしたとされている。すなわち、日本の軍事政策を北方から南方に向けさせ、西側でドイツに侵攻されたソ連が、東側から日本に挟撃されることを防いだのである。彼がいなければ、ソ連は苦境に陥っていたに違いない。

ゾルゲは多数の日本人シンパを作り、情報収集を行っていた。その中心にいたのが、政治評論家・尾崎秀実である。秀実は評論家・尾崎秀樹の異母兄にあたり、秀樹は幼少のころからスパイの肉親として迫害を受けたという。そのため彼は、『ゾルゲ事件』(中公新書)などの仕事により、兄・秀実の名誉回復を試みたのである。映画『スパイ・ゾルゲ』(篠田正浩監督)の製作などもあり、ゾルゲの名は最近再び注目されてきている。

前置きが長くなった。多島斗志之『汚名』は、そのゾルゲ事件と深い関係を持つ小説である(本書のカヴァーを外すと、男の横顔が写っている。それがゾルゲだ)。

もっとも、本書においてゾルゲの話題が出てくるのは小説の中盤のことであり、このことを書いてしまうのはネタバレすれすれの紹介となる。だが、帯に「戦時中の日本を震撼させた大事件」が主要人物の運命に強く関わっていたことが明かされており、何より開巻七十ページほどでゾルゲ事件の関係者の名前が出てくるので、少しでも現代史に関心を持つ読者なら、すぐにピンとくるはずである(ただし、事件の中心にいた人間以外の名前は微妙に変えてある)。したがって、作者の狙いは別のところにある。

主人公の伊尾木は小説家だ。彼には藍子という叔母がおり、高校一年生のときに母の命によって彼女からドイツ語の教授を受けていた。個人教授は一年もしないうちに終了し、以降叔母とは疎遠であった。伊尾木が二十代のうちに彼女は没したが、三十年後、彼の胸裏にはある疑念が芽生えてきた。果たして叔母が自分に見せていたのは、彼女本来の顔だったのだろうか。いくつかの新発見に導かれながら、伊尾木は過去を遡り始める。

ミステリー者にとって、多島斗志之という名前は別格の存在である。彼の長編デビュー作『移情閣ゲーム』(講談社文庫化に際し、『龍の議定書』と改題)は、国産ミステリー初の本格的な謀略小説であったし、それ以降も数々の「騙し」を含む作品でファンを魅了してきた(『金塊船消ゆ』(講談社文庫)の画期的なトリックが特に印象的)。近年ではトリッキーな技巧よりもむしろロマンに重点を置き、劇的な生涯を送った人間の個人史を描いてきている。近作『海賊モア船長の遍歴』『マールスドルフ城一九四五』(中公文庫)『仏蘭西シネマ』(双葉社)などで見事と感じるのは、題材の選び方、及び取材された材料の取捨選択の巧さ、である。事実を切り取って、ここまで美しい「物語」を紡ぎだせる人は他にいない。

本書はその系譜に連なる作品である。したがって、物語の背景(ゾルゲ事件)と序盤の展開のみ紹介し、後は控えることにしよう。後は作家の見事な語り口を味わいながら読むべきである。ジャンルとしてはミステリーの域に入る小説ではあるが、あえてそれを気にしなくてもいい。終盤のミステリー的展開は、優れた小説がすべて備えている、プロットのうねりの範疇におさまるものといえるからだ。殊更にミステリーとして称揚せずとも、「波乱に満ちた人生を綴った」ということのみで評価すべき小説なのである。

なお、主人公の年齢が作家本人と同一のものに設定されているが、これは小説を操作するための作家の手癖のようなものにすぎないだろう。作家と作品を同一視する愚は、多島のような手練の作家については特に慎まなければならない。

さて、トリヴィアルな知識をもう一つ。

「元鈴木宗男私設秘書のムルアカ氏が初来日した九三年当時、ザイール大使館は西新宿の定食屋の上にあった」

なぜそんなことを知っているかというと、その建物がうちの近所だからである(ご近所話で申し訳ない)。この定食屋はカツ丼がおいしいのだが、報道によるとムルアカ氏はほとんど肉食をしないようなので、店に足を運ぶこともなかったか。

ザイールは九七年に「コンゴ民主共和国」となったが、その隣には「コンゴ共和国」があり、現在コンゴという国は二つあることになる。その「コンゴ共和国」には、テレ湖がある。欧米の調査隊がほとんど踏査したことがなく、十分な測量も行われていない「幻の」湖だ。一九八八年、早稲田大学探検部員を中心とした十一人の日本人が、一ヶ月余の長きにわたりテレ湖の調査を行った。湖に棲むと伝えられるUMA(未確認生物)モケーレ・ムベンベを発見するためである。

調査隊のリーダーだった高野秀行が著したノンフィクション『幻獣ムベンベを追え』が文庫化されたので、この機会に紹介しておこう。一介の大学生にすぎなかった高野たちが、ムベンベに会いたい一心で日本と国交のないコンゴ共和国に入国許可をとりつけ現地入りするまでの過程は感動的なまでに無茶である。なにしろ現地語のリンガラ語を習うため、在日コンゴ人を探し出すところから準備を始めないといけないのだ。彼らは「池尻の定食屋でコンゴ人学生がアルバイトをしているという未確認情報を得て、夜の池尻を走り回り、飲食店をしらみつぶしに探した」という(想像するとおかしい)。

ようやくコンゴに入国しても問題は山積みである。探検終了後に装備の一部を国に寄付する約束をしなければ調査の許可は下りないと政府に脅迫されたり、中央政府は現地のボア族から嫌われているため、調査隊と政府の取り決めも反故にされかかったり、とまず軋轢がある。

もちろん、現地で雇ったポーターが食糧の一部を着服したり(そのため後で調査隊に深刻な食糧危機が訪れる)、現地ガイドの人選や報酬額が折り合わず揉めたり、というのは日常茶飯事である。そのたびに、高野たちは右往左往する。騒動の合間にはマラリアだ。なにしろ沼地のようなところにキャンプをはって滞在しているのだから体調を崩す人間が出るのも当然である。栄養不足も相まって、調査隊は餓鬼のようにやせ細っていく。

そこまでして行う調査のメインは、視認によるムベンベ探しである。湖面に顔を出したムベンベをスコープでとらえるのだ。もちろんソナーなどの機材も持参したのだが、なぜか早々と故障して使いものにならなくなる。後は気の遠くなるような時間を、「待って」過ごすしかない。

興味は、幻獣は実在するのかという一点に集約されるだろう。「モケーレ・ムベンベ」とは「水の流れをせき止めるもの」の現地語であり、何人もの現地人がそれを目撃したと伝えられていたのだが、調査隊が滞在するうちに、フィルターを通さない生の事実が判明していく。もともと高野たちは幻獣実在の狂信者ではなく、度の過ぎた懐疑論者でもない。その彼らが最後にある結論に行き着く瞬間は、やはり感動的である。真の科学的態度とはこういう姿勢のことを言う。

冒険のロマンが成立しなくなっている現在、これは貴重な読み物である。できれば自分で楽しむだけではなく、子供にも薦めて感動を分かちあってほしい。

(初出:「問題小説」2003年3月号)

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