杉江松恋の「新鋭作家さん、いらっしゃい」 佐野晶『GAP ゴーストアンドポリス』

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ゴースト アンド ポリス GAP
「杉江松恋の新鋭作家さんいらっしゃい!」番外編。デビュー作、あるいは既刊があっても1冊か2冊まで。そういう新鋭作家をこれからしばらく応援していきたい

引き込みが強い作品だと感じた。

読者の気持ちが引っ掛かる鉤が序盤にいくつか準備されている。それに興味を持ってページを繰りだすと、気持ちを掴まえられてぐいぐいと連れていかれる。娯楽小説としては、たいへんよい出来である。

佐野晶『GAP ゴーストアンドポリス』がその作品である。

ほんと、すかっと読めていい出来だ。文句があるとしたら題名くらいか。もう少し内容に関係のあるものにしたほうがよかったような気がするのだけど。

■キャラクターは派手でいいのだ

警察小説大賞なる新人賞が始まっていたことはこの本で初めて知った。

小学館が主催するもので、『震える牛』の相場英雄、『教場』の長岡弘樹、小説誌「STORY BOX」編集長の幾野克哉が選考委員を務めているという。その幾野が受賞作を担当するというのがあらかじめ告知されているというのが、一つの売りにもなっているようだ。どんな編集者がつくかが作家の運命を左右することがある。前もって教えてくれるというのをありがたく思う書き手もいるだろう。最近は編集者が記名で前面に出る風潮が目立つようになっているが、その一つだ。本題とは関係ないので、事の是非はここでは問わない。

小説は、桐野哲也という新人の巡査が交番に着任するところから始まる。彼を出迎えるのは、明らかに問題ありとわかる先輩たちなのである。秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載第一回を覚えている人は思い浮かべてもらいたい。あんな感じである。

その鳩裏交番は警察内の隠語で「ごんぞう」と呼ばれる駄目警官ばかりが集められた場所だったのである。年々警察官志望者が減り続けていることを憂慮した警察庁は、ある施策を実行に移した。一日八時間、四交替勤務の交番を実験的に設けたのである。民間企業と比べても遜色ない、働き方改革に則った職場が警察にもありますよ、と謳うためだ。鳩裏交番もその一つだったが、問題が起きた。まったくやる気のないごんぞうばかりが警察庁に応募したことである。もともとの所属だった警察署は、彼らを厄介払いしたいために成績を盛って送り出した。そのため、一つの交番に札付きの警察官が十二人も集まるという事態が起きてしまったのだ。

桐野は藤沢南署の戸村雅子副署長から極秘の任務を命じられる。鳩裏交番のごんぞうたちは絶対になんらかの服務規程を、あるいは法律を犯しているに違いない。その動かぬ証拠を押さえて、報告してもらいたいというのだ。警察の恥であるごんぞうを憎み、排除したいという戸村に桐野は共感し、その任務を引き受ける。正義感半分、もう半分は邪まな下心のなせるわざであった。年上好みの桐野にとって、戸村はストライクゾーンの真ん真ん中であったからだ。こうしてスパイ警官が一人できあがり、交番勤務の日々が始まる。

桐野は東北大学法学部卒で、本当ならキャリア採用も望める学歴ながら、ストレスを感じると腸に来てしまうという体質のため受験に失敗したという経歴の持ち主だ。その彼が異様な年上好きだったり、隠れオカルトファンだったりするというキャラクター設定で作者はまず読者を惹きつけてしまう。昨今の娯楽小説はキャラクター重視の傾向が強いから、この戦術は正解だろう。そうして物語世界になじませておいて、次の手が打つわけだ。

■物語は浪花節でいいのだ

鳩裏交番のごんぞうたちをたばねているのが小貫幸也という三十代の巡査だ。彼は両津勘吉と中川圭一を足して二で割ったような警察官である。地域住民に人気があって、外見は優男なのだ。真面目にやればいくらでも出世できそうなのに、彼が日々やっているのは管轄内の住宅や会社を訪問して巡回連絡カードを書いてもらうことだけ。これはどんなに集めても成績にはならない。警察官の評点には加点されない行為なのである。単にぶらぶらしているようにしか見えないから桐野も彼の能力を疑うが、その巡回から手がかりを見つけて、小貫は進行中の事件を解決する。しかもそれを自分の手柄にせず、桐野に譲ってしまうのである。小貫がそうするのには深い理由があった、と判明するのが中盤の山場で、小説の後半では背景で進行していた大事件が前面に出てきて、鳩裏交番のごんぞうたちが奔走することになる。

ごろつきにしか見えなかった連中が、実は心に実も花もある語るべき好漢であることがわかる、というのはヒーロードラマで繰り返し使われてきたパターンだ。本作もその系譜に連なるものといっていい。細部を見ればいろいろ問題はある。いちばんのそれは、神奈川県警の中で爪弾きにされてきたごんぞうどもが、いざ一大事というときに十分な情報を取れたり、行動をするだけの準備ができたりするだろうかということで、とんとんと話を運ぶために都合よく行き過ぎている観がある。なんらかの障害があってそれを解消するために策を練ることが求められる、というように回り道があったほうが物語の奥行きは出るはずだ。また、真相が判明したときに見えてくる犯人像が薄っぺらく、人間理解が危険なほどに一面的である。警察小説として犯罪者を描こうとしているのだから、これは作者が以降気をつけなければならない課題だ。人間は人間として書かなければいけないし、書きようによっては誰かを傷つけることもありうるという覚悟が必要だ。

でも、これだけ活気のある物語を、人を笑わせるようなくすぐりも入れながら書ければ新人のデビュー作としては合格点を上げられる。作者には実は映画ノベライズの著作がいくつかあり、デビュー後三作目までというこの連載の条件を満たしているかどうか判断が難しかった。でも、ここから小説家として新しいスタートを切ったのだと見なし、今回取り上げた次第である。スピード感のある、そして読者をぐいぐいと引き込む小説をこれからも書いていってもらいたい。

新人作家と共に短篇小説も応援しています。雑誌掲載の短篇を紹介するレビュー動画「ポッケに小さな小説を」も併せてご覧ください。

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