書評の・ようなもの 藤田宜永さんのこと

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大雪物語 (講談社文庫)

藤田宜永さんが亡くなったという報せを受けて、昨日から呆然としたままです。

藤田さんとは個人的にどうこうという間柄ではなく、お会いしたことも数回しかありません。

しかし日本ミステリー事典の項目を執筆したのが私だということもあり、勝手に親近感を持っていた作家でした。

さらにもう少し違った感情を持つようになったのは、ここ数年前のことです。

日本文藝家協会のアンソロジー編纂で小説誌に掲載された短篇を網羅的に読むようになり、藤田さんが発表されるのが実に質の高い短篇ばかりであると気づかされました。目次にお名前を見かけるのが楽しみな一人です。

フランス滞在期間の長かった藤田さんは、日本では珍しい、ノワール風味の強い犯罪小説の書き手として最初に注目され、ミステリー界でまず地歩を築かれました。それに安住せず、次第に恋愛小説の方に軸足を移していかれます。直木賞受賞もそうした分野のお仕事でしたが、ミステリーというジャンル小説好きとして、どうしてそういう活動のされ方をしたのか、無邪気な質問をぶつけたことがあります。

あれは『その女アレックス』などで知られるピエール・ルメートルが来日したときのことでした。ルメートルとの公開対談に臨まれた藤田さんと、イベントの後、少人数で話す時間が少しだけあったのです。

藤田さんはこんな意味のことをおっしゃいました。

今、恋愛小説の書き手といえば女の作家ばっかりだろう。それにみんなガキの恋愛ばっかり書く。だからさ、男の、大人の恋愛小説を書くんだよ。

アルコールが入っていたこともあり、正確な言葉は記憶していません。

誤解を恐れずに言えば、藤田さんは飽きっぽい方だったのではないかと思います。

言葉を変えると、自分がどうすれば退屈せずにいられるかを追求するのに熱心ということです。

だからこそ新しいものに挑戦し続けたのでしょうし、作家はいつもそうだと思いますが、これから書くものが最高傑作という気概を持ち続けたはずです。

さまざまな栄誉を手にされた藤田さんが、最後に受賞されたのが第51回吉川英治文学賞、連作中篇集『大雪物語』での快挙でした。

これは大雪に降りこめられることで浮かび上がった人々の悲喜こもごもの顏を描いたもので、収録されているのは「小説現代」掲載時から、これは絶対にアンソロジーに採りたい、と私が思っていた作品ばかりです。

藤田さんの最高傑作はこの『大雪物語』であり、その高みをさらに更新しようとされていたときに残念ながら亡くなられてしまったのだと私は思っています。その先に書かれたはずの藤田さんの作品をぜひ読みたかった。詮無いことではありますが、そうした思いで私はいっぱいです。

結果的に晩年となってしまった日々に、私は何度か、今の藤田宜永を絶対に読むべきだという趣旨の発言をしています。今、小説誌に掲載されている中に、藤田宜永ほど上手い作家はいないと。

その発言が共通の知り合いである編集者を通じて藤田さんに伝わったか否かは知りません。

伝わっていてもらいたいと感じるのは単なる私の自己満足でしょう。とにかくそう信じ、現在の藤田宜永を一人でも多くに読んでもらいたいと願っていたのでした。

書評の・ようなものとして、週刊新潮に掲載してもらった文章がリンク先にあります。お別れの会はないということで、以上の文章と最後の短篇集『わかって下さい』の書評で自分の気持ちを表明しておこうと思います。

藤田さん、さようなら。

あなたの小説がもう読めないと思うと私は淋しいです。

どうか安らかにお休みください。

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