古本屋と銭湯、ときどきビール 2020年2月・両国「眺花亭」と平井「平井の本棚」、ガチンコ浪曲講座

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某月某日

編集者と待ち合わせて両国の「図書と珈琲 眺花亭」へ。ここは浪曲など古典芸能や東京の街についての資料を集めた私設図書館なのである。こっそり準備中の本作りのため、ちょっと下調べだ。

前もって予約が必要なので、我々が来ることはあらかじめお伝えしてある。チャイムを鳴らすと出てきてくれた館主が私を見て、おや、という顔になった。

「もしかして、杉江さんじゃありませんか」

ありゃ。これは知らなかった。館主の渡辺信夫さんは、浪曲の火曜亭で何度かお会いしたことがある方だったのである。そうとは知らずに失礼しました、とまずはご挨拶をして中に。ずらりと並べられた書棚に貴重な資料が詰まっている。ここにはあるものが目当てで来たのだが、それ以外にも十分な発見があった。閉館時刻までいて、渡辺さんにお礼を言って外に出る。

両国駅まで編集者と一緒に帰る。私はこのあと、玉川奈々福さん主宰の「ガチンコ浪曲教室」なのである。二代目玉川福太郎の「陸奥間違い」が教材で、それをめいめい覚えてくるわけだが、なかなかに難しい。釈迦に説法のことを少し書く。浪曲は歌にあたる「節」と台詞の「啖呵」で構成されている演芸である。ストーリー展開は無論啖呵で行うわけだが、それよりも情感表現のための節のほうが重要な意味を持っている。極論すればストーリーなんて途中でどこかに行ってしまってもよくて、節でお客の感情を揺さぶれれば成功という芸なのだ。

この節がなんとも難しい。よく考えたら音楽系のお稽古事を私は今までまったくやったことがないのだから当然だ。何べん唸っても奈々福さんから「もっと三味線に乗って」と駄目出しを受けてしまうのであった。うん、その「乗る」という感覚がよくわからないです、先生。浪曲師はこれが当たり前にできているわけで、ああ、自分は浪曲師にはなれないのだ、と改めて思い知らされた。どれだけ浪曲師が芸人として凄いことをやっているのかを知るために習い始めたのだから、それでいいのだが。

講座にはまだ時間があったので、教室の開かれる亀戸を一つ通り越し、平井駅で下りる。駅前で平井の本棚を見るためだ。相変わらず店頭棚から充実している古本屋で、中に入ると古典芸能関連本の置き場が変わって増えていた。いくつか気になる本があったのだが、結局買わずに失礼する。ここから亀戸まで、唸りながら行くのである。

インフルエンザとコロナウィルスが怖いのでマスクはしているが、その下でぶつぶつと節と啖呵を反芻している。歩くリズムが三味線代わりである。人に見られたら明らかに怪しい姿だが、夜道ゆえ幸い誰に見とがめられることもなかった。

19時より講座。本日は最終回で、テーブル掛けをかけた演台を使って発表会をすることになっている。ここまできたらもうやるしかなく、日本の宝・沢村豊子さんに胸を借りて、どーんとぶつかっていく。あえなく玉砕。

うーん、もうちょっと三味線に乗れるといいですね、と奈々福さんの評。

はい、がんばります。今回のガチンコはおしまいだけど、またどこかの浪曲教室に通おうかな。

曲師・沢村豊子に弾いていただけるというのは一生の記念です。

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