書評の・ようなもの 「さしたる不満もなく私は家に帰った」武田百合子『ことばの食卓』

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ことばの食卓 (ちくま文庫)

お行儀の悪い話でたいへん恐縮だが、私は本を読みながら食事をするのが好きだ。
というよりも、本を読みながらでないと食事をしたくない、と言ったほうがいい。
たいていの人は昼時になると、何を食べようかと店選び、メニュー選びを始める。
おしゃれで、服を選んで買うのがいちばんお趣味という人でも、お腹が空いたときに洋服屋には行かないだろう。時計が好きな人もやはり時計屋には行かないはずだ。
しかし私は、お腹が空くとまず自分の書棚に向かうのである。外出中であれば、手近な書店に飛びこむ。そして「これから食事をするのにふさわしい本を選ぶ」のである。
もちろん、気心の知れた友人や家族と一緒のときには、そういうことはしない。友人や家族と会話をしながらの食事は十分充実していて、楽しいからである。

しかし、一人で食事をするときには必ず本を読んでいる。店にはたいへん申し訳ないのだが、そうさせてもらっている。たまに「がんこ」を売り物にしている店があって、本を読みながら食べていると叱られることがある。
そういう店には二度と行かない。自分には向いていないからである。
いつだったか、食事の途中にやはり「お客さん、うちのラーメンを食べているときには本を読まないでほしいんですよね」とカウンター越しに言われたことがあった。そのときは言い方があまりにも高飛車な感じだったので、そのまま食べかけの丼を置いて席を立ち、勘定を済ませて帰ってしまった。「うちのラーメン」の「うちの」というところの言い方にすごく腹が立ったからである。
もちろん世間の常識からすれば間違っているのは私で、そのラーメン屋の言い分は正しい。間違っていることを承知の上で、もはや本を読まないとものを食べてもおいしくない自分であることを告白しているわけである。たいへん恥ずかしいことを言っています、いい年して。今年で四十四歳になります。「ながら食べ」の常習者なんです。

当然のことながら、お酒を飲むときも、独酌であれば本を読みながら飲むのが望ましい。
それで困るのが、地方都市に出かけたときだ。よく知らない町で一人食事をするときは、寿司屋に入るといいとよく言われる。はずれを引くことが少ないからだ。
しかし、寿司屋のカウンターで本を読むのはうまくない。板さんだって、寿司が乾いていくのを尻目に本を読んでいる客が目の前にいたら心穏やかではないだろう。
なので、初めて行くところでは寿司屋ではなく、カウンター席だけではない居酒屋に入ることにしている。定食屋が夜はお酒も出してます、という体の店ならもっとも好ましい。店の隅のあまり目立たない場所に座って、煮魚かなんかをつまみながら本を読むわけである。そんなことをせずに堂々と寿司屋に入り、大威張りでカウンターに腰かけても、誰からも文句を言われる年ではないのだが、こればかりは仕方ない。
ながら食べ人間の業は深いのだ。

そういう人間なので、実はあまり味にはうるさくない。味よりはむしろ、店員にどうあしらわれるか、が問題である。なにしろ、ながら食べ、だから。落ち着いて本のページを開けることが食事の第一必要条件だから。気さくで話かけるのが好きな主の店、というのも、目的からするとながら食べには向いていない。
世の中には故・中島らも氏のように、店でまずいものを食べるのが好きで、そういう店に行き当たると欣喜雀躍して喜ぶ、という人もいるみたいだが、私はそこまで達観はしていない。ながら食べ、のときだけまずかろうがうまかろうがどうでもいい、ということなのだ。本を読みながら、の食事ではないときには、やはりまずいものは食べたくない。しつこくて申し訳ないが、ながら食べ、のときだけ、落ち着いて本を読めれば後はどうでもいいのである。本が一番のおかずであり、主食だからだ。
えーと、ここまで書いてきて突如気になったのだけど、よい子はまねをしてはいけませんよ? もう人生の半ばまで過ぎて、これ以外の生き方ができなくなったからこういうことを告白しているんですよ?

その日、私が携えていたのは武田百合子『ことばの食卓』(ちくま文庫)だった。
恥ずかしながら、武田百合子の著書を読むのはそれが初めての体験であった。『ことばの食卓』は「草月」という雑誌の連載をまとめたもので、食べものに関する思い出などを集めたエッセイ集だ。そうして書くといかにも食通然とした作品を思い浮かべる人が多いだろうが、さにあらず。ここに描かれているのは、第一に「食べる」という行為から想起されるさまざまな感覚なのである。本のはじめにはまずそのことが出てくる。そういう話が約七割。そして本の中盤から顔を出す残りの三割の要素では、「食べ」なければ生きていけない人間の、根源的な滑稽さが俎上にのせられている。それは生のままでは非常に哀しくみじめになる素材なのだが、武田は鋭いユーモアの感覚で一篇の物語として仕立てているため、哀しさではなく可笑しさを誘うのである。
私はその日、台東区根岸の子規庵を訪ねるつもりだった。子規庵とは俳人の正岡子規の終の棲家となった場所で、そこに定期的に足を運んでいるのである。
行きがけに積んである本の山から掴んだのが、この『ことばの食卓』だった。内回りの空いている山手線の中で読み始めたのだが、もう最初からいけない。巻頭の「枇杷」という随筆だけでノックアウトされてしまいました。
「枇杷」は「枇杷を食べていたら、やってきた夫が向い合わせに坐り、俺にもくれ、とめずらしく言いました」という文章から始まる。以下、夫(武田泰淳)が枇杷を食べる描写が続く。ちょっと長いのだが、引用させてください。

「枇杷ってこんなうまいもんだったんだなあ。知らなかった」
一切れずつつまんで口の中へ押し込むのに、鎌首をたてたような少し震える指を四本も使うのです。そして唇をしっかり閉じたまま、口中で枇杷をもごもごまわし、長いことかかって歯ぐきで噛みつくしてから嚥み下しています。歯ぐきで噛むということは顔の筋肉を歯のある人より余計上下させなくてはならないので大へんなことです。唇のはしに汁がにじみます。眼尻には涙のような汗までたまっています。
そうやって二個の枇杷を食べ終ると、タンと舌を鳴らし、赤みの増した歯のない口を開けて声を立てずに笑いました。
「こういう味のものが、丁度いま食べたかったんだ。それが何だかわからなくて、うろうろと落ちつかなかった。枇杷だったんだなあ」

こういう味のものが、丁度いま食べたかった!
そこまで言われては後には引けない。ちょうど電車が子規庵のある鶯谷の駅に着いたところだったので、私は下車し、子規庵へと向う北口の改札を一目散に通ってそのまま右に曲がり、いちばん近いところにある店に入って椅子に座り、叫んだのである。
「ビール!」
その店で頼んだものがなんだったかは、はっきりと覚えている。ソーセージとポテトサラダとカキフライだ。それを頼んで昼からビールを飲むというのが、武田泰淳の言うところの「こういう味のもの」だったのである。ビールはよく冷えていた。ソーセージはしょっぱかった(つまりビール向きだ)。ポテトサラダは上からマヨネーズを足すとちょうどいい味かげんになるものだった。カキフライは小ぶりだったが数が多かったのでよしとする(後から入ってきた人が、皿を見て「おっ」という顔になり、自分もカキフライを頼んだのを私は見逃さなかった)。ビールによく合った。昼間から申し訳ないと思いつつ、チューハイも一杯飲んでしまった。正直なことを言えば、ビールは二本飲んだ。
お腹がいっぱいになってしまった。
ビールを飲みながら『ことばの意味』に収録されている随筆をいくつか読んだ。「牛乳」「続牛乳」「キャラメル」「お弁当」といった武田の幼少時の思い出を綴った作品を読んだところでちょうどおつもりになった。その四篇の中では戦時下のせちがらい時世、余裕のない時代の心を描いた「続牛乳」が特に心に残った。山本さん、という少女に牛乳をもらう話なのだが、掉尾に「(山本さんから)牛乳をだまし取った上でに、いじめたのだ、と思う」という一文がカウンター気味に出てきて、一撃で打ちのめされてしまった。「食べる」という行為からみじめな気持ちに発展していく、その飛躍ぶりがものすごい。かなわないな、と思った。

店を出ると、もう子規庵に詣でるような気分ではなくなっていた。第一子規も、ビールをさんざん飲んでお腹いっぱいの男に押しかけてこられてはたまるまい。泉下で苦笑いしながらも許してくれているだろうと割り切り、それで帰ることにした。
乗ってきた山手線の外回りでなんの芸もなくそのまま帰る。せっかく仕事をサボって出てきたのになんと意味のないことか、と思ったが(だって平日の昼間なのである)「枇杷」にやられてしまったのだから仕方がない。そうやって自分を納得させながら山手線に揺られた。そういう人間だから正業に就かずこういう商売をしているのである、と自分を納得させようとすると、そういう稼業だからといって昼間から酒を呑んでいていいのか、という至極まっとうな正論も頭をよぎる。考えないようにしていたらいつの間にか眠りに落ち、気がついたら渋谷駅に着いていた。
小腹が空いた。
電車に揺られたせいだろう。そういえば鶯谷の店では酒の肴ばかりで腹にたまるようなものは口にしなかったのである。無理もない。
時刻は午後二時をまわっていたが、まだ昼食の圏内だと思えた。さすがにこってりしたものは気が引けたが、蕎麦ならばいいだろう。
駅を出て、目の前の百貨店に入った。
エレベーターで最上階に行ったが、たいていの店はもう準備中の札を出している。案内板を見たら、地下にも食堂があることがわかった。下りのエレベーターに乗る。
そこにあったのはXという名前の蕎麦屋だった。Xは、蕎麦屋にしては垢抜けない名前だ(あとでチェーン展開をしていると知った)。百貨店の中の食べもの屋らしく、店頭に食品見本が出ていた。
蕎麦が緑である。
いや、それは当たり前のことだが、本当に「緑」としか言い様のない色だった。モスグリーンと呼ぶには明るすぎる。クレヨンで言うなら「みどり」、もしくは「うすみどり」だろう。しかし値段は安い。盛り蕎麦が、たしか五百五十円だった。この値段であれば、どんなクレヨン蕎麦が出てきても、文句を言うだけ野暮というものだ。
店内に入ると、カウンターの席に通された。ガラガラなのだが、一人客だからだろう。さしたる不満も感じず、私は席に着き、盛り蕎麦を頼んだ。出されたほうじ茶を飲んで、再び『ことばの食卓』を開く。「夏の終り」という随筆から続きを読み始めた。娘(武田花)に誘われて武田がバーゲンに行く、というところから始まる話だ。
尾篭な話だが、不意にトイレに行きたくなった。
当たり前である。ビールをあれだけ飲んだのだから。
仕方がないので武田百合子と花親子に断って、席を立った。百貨店の中の食べもの屋だから、トイレは中にはない。外に出て、照明の少ない廊下を歩いた。
生臭い。
そういえばさっきから、なんか変だとは思っていたのだった。挽き立ての新蕎麦、とまで贅沢は言わないが、出汁の香気、かえしの甘い匂い、とにかく蕎麦屋ならば漂ってくるものは他にあるだろう。だがその店は、なんとなく、
生臭かった。
のだった。席からは厨房が見えるが、清潔そうだったし、掃除が行き届いていない感じもない(私は、油で床がにちゃにちゃする店が嫌いなので、いつも入るとすぐにチェックする)。不思議に思っていたのであった。
生臭い匂いは、ますます強くなっていく。歩いて行くと、その理由が知れた。廊下の奥、トイレに行く手前に関係者以外立ち入り禁止の扉があり、その奥から匂いは漂ってくるのだった。おそらくその奥には、精肉だか鮮魚だかを処理する加工場があるのだろう。百貨店の生鮮食品売り場のバックヤードそばにある蕎麦屋なのだった。
匂いの源が不穏なものでないと知れば、別に何も驚くことではない。

用を済ませて席に戻った。「夏の終り」を読み始める。
母と娘は気取ったオムレツ専門店に入る。女給仕が「トマトケチャップは当店では使わない。マシュルームソースか、チーズソースのどちらかだ」と言うような店だ。母は娘に「こういうオムレツ屋のオムレツは、ただのオムレツじゃないよ。きっとおいしい」と囁く。
しかし不思議なことが起きる。近くのテーブルについていた女二人連れが、それまでは途切れることなく会話をしていたのに「料理を口にいれはじめると、全く黙ってしまった」のである。「フォークとナイフを握っている指先や手の甲に力がな」く、「老人のようにのろのろと料理をいじっている」という。
やがて武田百合子のところにもオムレツがやってくる。「こういう大きなお皿に、こういうぷるぷると肥ったオムレツが、どーんと転がしてあるのがいい感じ。これからは、うちでも、こういう風な大皿で、こういう風に食べよう」と武田は思う。しかし「オムレツのはじを切って口に入れ」た途端、とてもとても意外なことが起きる。何が起きるのだろうか。これから本を読む人のために書かないが、「人を無言にしてしまう料理」には二種類あるのだな、ということがよくわかる結末である。武田母娘の後に、職人風の男の三人連れまでやってくる。にこにこ顔でメニューを見つめる彼らの運命やいかに。いや、どきどきする。たかがオムレツ一つでここまでどきどきさせられたのは初めてだ。これ以降、人に「食事を扱ったサスペンスには何がありますか?」と聞かれたら、私はこの一篇を上げることだろう。いやはやなんとも。
盛り蕎麦がやってきた。見本の通りの緑色をした、なんの変哲もない蕎麦である。こう言ってはなんだが、駄蕎麦だろう。しかし武田百合子のオムレツとは違い、どきどきさせられることは何一つない。予想通りの味がするものを、予定通りに腹に収める。言わないと気がついてくれなかったが、ちゃんと蕎麦湯も出てきた。量はそんなに多くないが、熱かったのはいい。ゆっくり飲んでから立ち上がり、お釣りのないように代金を払って店を出た。

ふと思いついたので、渋谷駅から家までバスに乗ってみることにした。
列の先頭に並んで乗り込み、座った途端に再び睡魔に襲われる。
うとうとしながら周囲を見ていると、二人がけの席に一人で座っていた大学生ぐらいの女性が、乗りこんできたおばあさんに声をかけていた。おばあさんは大きな荷物を持っているので、邪魔になる。「これ、足をかけていいですから」と大学生に言って、それを自分でよいしょと座席の下に押し込んだ。その上に自ら足をかけてちょこなんと座る。大学生もそれを見習い、足をかけて座る。そうすると二人がけの座席は、二人のためにしつらえた空間であるかのようにみっちりと隙間のないものになるのだった。
それを見ていると、またもや瞼が重くなってくる。バスが動き出す。
こうして――。
さしたる不満もなく私は家に帰った。

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