杉江松恋不善閑居 私には二種類の兄さん/姉さんがいる

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宇都宮ドンキホーテ地下の来らっせでは何種類もの餃子を食べ比べできるのです。

年長者、その道の先達からは得るものが大きい。しかし、だからといって理不尽な仕打ちを我慢する必要はない。

徒弟制度の中にいるわけではなく、ましてや個々人が独立して生活することが当たり前の時代なのだから、不要になった人間関係はどんどん捨てていってかまわないと思う。

実感として書くが、四十を過ぎてからこのかたは、年長者よりもむしろ自分よりも若い方から教えられることのほうが多くなった。そのくらいの年齢になると、ひとから注意されるという機会が減る。何か教えてもらったとき素直にお礼を返せないと、さらに言ってくれる人は減るだろう。そうやって、どんどんお山の大将的な脳になっていくわけである。それこそ、女性が多いと意見を言うので会議が長引いていけない、みたいなことを言う老人まではまっしぐらだ。

若い人に教えてもらって嬉しかった、という話は前にエキサイトレビューの記事で書いたことがある。四十代で東方プロジェクトにはまり、生まれて初めてシューティングゲームを真面目にやったら、年齢のせいでまったく対応できない自分を年下の先達が親切に教えてくれた、という内容だ(リンクを貼ってみたら、この記事ではなかった気もしてきた。まあ、いいや。とにかくそんな記事だった)。繰り返しになるのでここでは詳しく書かないが、年少者に教えてもらうのは趣味の世界では当たり前のことである。何歳だろうが、自分より詳しい人は必ずいる。その延長で考えれば、仕事にしているような専門分野であっても、自分よりも造詣が深い人がいる可能性は否定しきれない。年が上のほうが絶対に正しい、というのは勝手な思い込みにすぎない。このことは日々何度も自分に言い聞かせる必要がある。というよりも、ずっと自分は見習いなんだから、という気持ちでいたほうがいいのだ。

前にも書いたかもしれないのだけど、私は「心の兄さん/姉さん」制度というのを守ることにしている。上下関係が厳しい世界には二通りある。一つは芸人やプロレスなどのもので、年の如何には関係なく、先に業界入りした者が身分が上という制度だ。相撲も基本的には同じ制度だが、あちらには番付というものがあって、関取になってしまえば兄弟子だろうがなんだろうが立場が逆転するという決まりがある。それは特殊な例で、たとえば小説家の世界では、直木賞を取ったからといって先輩作家を顎で使いだすようなことはないのである。いや、あるのかもしれないけど、私は知らない。

もう一つは、年齢ですべてが決まる世界だ。これはたぶん、高校や大学などの体育会のルールがそのままプロに持ち込まれているのだと思うが、野球界などはそうなのだと聞く。田中誠『ギャンブルレーサー』によれば競輪も同じだそうだ。競輪に出身校は関係ないが、思うに選手たちは地域ごとに固まって練習するので、プロ入り前からの年齢順をそのまま引き継ぐのではないだろうか。

たまたま先にその世界に入ったから威張られるのは心外だ、とか、年が上だからといって何が偉いんだ、というような不満はどちらの場合も出てくるわけだが、私は割り切って、二つの上下関係をそのまま採用することにしている。先にこの世界に入った人も、年齢が上の人も同じく兄さん/姉さんということである。趣味でも自分より詳しい人は先にその世界に入ったものと見なして兄さん/姉さんと考える。そうやって考えると、自分が間違いなく上位にいると見なせるような人間関係なんて、世の中にないものなのである。上位にいるからといって威張っていいという話ではなく。周囲にいるのは兄さん/姉さんばかりなので、おーい、お茶淹れてこい、と言われればすぐに腰を浮かせる準備はできている。(つづく)

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