読書もの 一覧

杉江の読書 『たのしいムーミン一家』(講談社青い鳥文庫)

 嵐が去った後の空のような小説である。 1948年に発表された『たのしいムーミン一家』は、暗い影のあった前二作とは打って変わった陽気な作品だ。作者のトーヴェ・ヤンソンは、少女時代には夏の期間をペッリンゲの島々で過ごした。その幸せな記憶が、ムーミントロールたちの姿に重ねられているのである。 作品の核となるのは、冬眠から目覚めたムーミントロールたちが...

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杉江の読書 『ムーミン谷の彗星』(講談社青い鳥文庫)

杉江の読書 『ムーミン谷の彗星』(講談社青い鳥文庫)

 世界の終わりが近づいてくる。ムーミントロールとスニフは長い旅の果てに異変の原因が彗星の接近にあることをつきとめる。そして、道中で出会ったスナフキンやスノークの兄妹、偏屈なヘムルといった面々と一緒にムーミン谷を目指すのである。彗星衝突の瞬間をパパやママと一緒に過ごし、そして生き延びるために。 トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の彗星』はレギュラーメンバーの...

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杉江の読書 『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)

杉江の読書 『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)

 1939年、世界が戦争に向けて進みつつあった冬、25歳のトーヴェ・ヤンソンは閉塞感の中で行きづまる。彼女には、諷刺誌「ガルム」に寄稿する際、絵の片隅に署名代わりのように描いていたキャラクターがあった。それを自身の不安感を代弁するような世界の中に投げ込み、行動させる。ムーミン・シリーズの最初の作品、『小さなトロールと大きな洪水』はそうした試みの結果として生ま...

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杉江の読書 天龍源一郎・嶋田まき代・嶋田紋奈『革命終焉』(辰巳出版)

杉江の読書 天龍源一郎・嶋田まき代・嶋田紋奈『革命終焉』(辰巳出版)

 2017年の元旦から寝込むことになり、家族に迷惑をかけてしまった。ほとんど眠って過ごしたのだが、眼が覚めている間に読むものがないのも淋しく、『革命終焉』を枕元に置いていた。2015年の旧刊であり、発売になってすぐ買って読んだ本だ。著者は天龍源一郎・嶋田まき代・嶋田紋奈、希代の名レスラーが家族と一緒になって著した、一風変わった半生記である。 以前に天龍...

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杉江の読書 bookaholic認定2016年度国内ミステリー5位 青山文平『半席』(新潮社)

杉江の読書 bookaholic認定2016年度国内ミステリー5位 青山文平『半席』(新潮社)

 青山文平『半席』は、ミステリーとしても秀逸、という同業者の言葉を聞いて手に取った作品である。すでに直木賞受賞作『つまをめとらば』などの諸作でその実力の程はよく知っていたが、その折紙を貰わなければ読み逃していたかもしれない。一読して納得、たしかに良作だった。武家社会でなければ成立しない設定を用いた点に趣向がある。 主人公の片岡直人は徒目付、すなわち江戸...

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bookaholic認定2016年度国内ミステリー次点 七河迦南『わたしの隣の王国』(新潮社)

bookaholic認定2016年度国内ミステリー次点 七河迦南『わたしの隣の王国』(新潮社)

 七河迦南の四年ぶりの新刊、『わたしの隣の王国』のページを繰っていくと、まず登場人物紹介の数の多さに驚かされる。だがそれも当然で、〈ハッピーファンタジア〉という夢の国(言うまでもなく千葉県浦安市にあるアレを模している)が主舞台になるため、その世界における主要なキャラクターたちの名前を紹介する必要があるのだ。それが三分の一、残りの三分の二の登場人物は、二人の主...

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杉江の読書 bookaholic認定2016年度国内ミステリー10位 宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』(講談社)

杉江の読書 bookaholic認定2016年度国内ミステリー10位 宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』(講談社)

 宮内悠介の連作短篇集『彼女がエスパーだったころ』には三つの特徴がある。 一つは異端とされているものにあえて光を当てる行為だ。たとえば表題作は、ドキュメンタリー作家・森達也がスプーン曲げで一世を風靡した清田益章を取材した『職業欄はエスパー』(角川書店)から想が採られている。〈超能力者〉として世間の好奇心を刺激しまくる存在となった及川千晴という女性が登場...

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杉江の読書 bookaholic認定2016年度国内ミステリー1位 真藤順丈『夜の淵をひと廻り』(KADOKAWA)

杉江の読書 bookaholic認定2016年度国内ミステリー1位 真藤順丈『夜の淵をひと廻り』(KADOKAWA)

 交番勤務の巡査を主人公にした連作ミステリーには乃南アサ『ボクの町』(新潮文庫)などの前例がある。真藤順丈『夜の淵をひと廻り』が先行作とひと味違うのは、主人公シド巡査が勤務地である東京郊外の町・山王子に対して注ぐ愛情が些か常軌を逸した度合いで描かれるからである。彼は山王子の住民について可能な限りの個人情報を収集し、それを極秘のファイルに仕舞い込んでいる。殺人...

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杉江の読書 bookaholic認定2016年度翻訳ミステリー第6位 ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』(藤井光訳/新潮クレスト・ブックス)

杉江の読書 bookaholic認定2016年度翻訳ミステリー第6位 ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』(藤井光訳/新潮クレスト・ブックス)

 過去の記述から小説は始まる。主要な登場人物の一人であるネルソンがまだ幼なく、その父母の視点を借りなければいけないような過去だ。1980 年代のそのときをネルソンの父親は「不安な日々」と呼ぶ。舞台となっている名前の記されない国で、内線が起きていた時代なのだ。そのころ、ヘンリーという名の劇作家がディシエンブレという名の小さな劇団を結成した。だが彼は後に逮捕され...

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杉江の読書 bookaholic認定2016年度翻訳ミステリーベスト候補作 ドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル』(峯村利雄訳/角川文庫

杉江の読書 bookaholic認定2016年度翻訳ミステリーベスト候補作 ドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル』(峯村利雄訳/角川文庫

 メキシコ・カルテルの撲滅という使命を奉じる男アート・ケラーと若き麻薬王アダン・バレーラの三十年戦争を描いた『犬の力』(角川文庫)は、喩えるならば麻薬戦争の神話、すなわち神と悪魔の間で繰り広げられる最終戦争を描いた作品だった。その続篇である『ザ・カルテル』の舞台となるのは、もはや神の存在しない世界である。絶対的な力を持つ者が全体を統御できる時代は終わった。麻...

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