小説の問題 「いい時間は努力しないと続かない」山本幸久と歌野晶午

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「小説の問題」、今回は「問題小説」2007年6月号から。山本幸久と歌野晶午を取り上げている。このときは2冊の時代。

 複数冊を取り上げてそのつながりを匂わせながら紹介していく書評なのだが、時折、パッと見ただけではその理由がわからないものがあった。今回もそうで、いや、その1つはちゃんとタイトルでも書いてあるのだが、実は別の理由があったのだった。それは読者に隠してある。関心を持って2冊を読んでもらえばわかるからである。

 書評の目的は「書き手が手柄を立てること」ではなくて「本を紹介すること」にある。とかく本を読んでいて何か発見をすると「やったー!」と喜び勇んで報告したくなるのだが、思いとどまってその行為が読者の楽しみを奪うことにならないか考えるのも大事である。

 この原稿を書いたときの私は、それをよくやっていると思う。ちょっとだけ褒めてやる。

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いい時間は努力しないと続かない

山本幸久は、モジモジしている人を書かせると抜群に巧い作家である。モジモジだけではないか。

山本幸久、ドギマギ。

山本幸久、ヘドモド。

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主人公は中学に進学したばかりの少女、世宇子(ようこ)だ。世宇子は、セーラー服を仕立てにいった洋品店の店長に「お小さいですねえ」と感心されるほどの、チビっ子である。

彼女の家には、父の妹である美晴さんが同居している。十四歳年上で、中学入学時にはすでに百六十センチを越えていたという美晴は、すらりとした長身の美人だ。ただし、ざっかけない性格で、いつでもジーンズにサンダル履きといった色気のない格好をしている。仕事は、幕間堂書店という古本屋の店番。要するに二十七歳のフリーターだ。山本小説に登場するヒロインの多くがそうであるように世宇子は本の虫なので、ときどき美晴に代わって店番をすることがある(というか、押しつけられる)。仕事をおっぽり出して、美晴がいなくなるからだ。美晴さんランナウェイ、なわけですね。

第一話の「三中だけセーラー服」からすでに、美晴は逃げている。それも、自分の母親(世宇子の祖母)の葬式からだ。お通夜の日、美晴は「ちょっくらいってくらぁ」と世宇子の部屋の窓から抜け出し、帰ってこなかったのである。当然、世宇子の父はカンカンだ。

どうしてそんなことをするのか、と思うでしょう。この連作集は、いつもどこかにトンズラしている美晴さんの行状を描き、なんで彼女は逃げていくのか、何から逃げているのか、と読者を不思議がらせる小説なのである。山本は、こういう野性味のある女性を描かせると非常に巧い。連作集『男は敵、女はもっと敵』(集英社文庫)に登場する宣伝屋の藍子や、長篇『凸凹デイズ』(文春文庫)のデザイナー・醐宮など、惚れ惚れするほど自己中心的で颯爽としている。

がらっぱちな言動の美晴であるが、時たま女らしく艶かしい所作を見せて世宇子と読者をドギマギとさせる。世宇子には従兄の自由という憧れの人がいて、彼から貰ったロックのテープを、でっかいカセットデッキで聴くのが大好きだ。それを聴いていると、音楽を通じて自由とつながっているような気持ちになるから。まだまだうぶで、自分の気持ちを持て余す歳の世宇子だから、美晴がそのただなかにいるらしい恋愛模様というのは、大人の世界の出来事なのである。しかも美晴は男運がよくないらしく、こどもの世宇子さえハラハラさせられることが多い。未成年には、刺激が強すぎますわな。

世宇子の成長と歩調を合わせるように、ゆっくり、ゆっくりと物語は進んでいく。チビっ子だった世宇子の身長も、少しずつ、少しずつ伸びていく。そして美晴はたびたび逃げ出し、そのたびに世宇子のいる家へと戻ってくる。中心にあるのは、家なのだ。世宇子と両親と、オカルト雑誌を愛読する変わり者の弟の翔。途中から、自由が加わって居候することになる。

その形は、現代的な核家族ではなく、昔風の大家族のものである。作品を読みながら、ときどきノスタルジックな気持ちに襲われる。そういえば、こういう形の家族にいつか自分も属していたような気がする。そんな思いに駆られるのだ。

しかし、読んでいけばわかるのだが、世宇子の一家がまったくの無風状態であるわけではない。世宇子と自由との間にも中学生が受け止めるには重すぎる人生の事情が横たわっていたのである。実はばらばらであるかもしれない家族たちが、それでも家族であろうとして何食わぬ顔でつながっているありさまが、世宇子の視点から描かれる。当たり前のように享受している幸せって、実は努力しないと続かないものなのだ。そのことに気づいていきながら、少女は大人になっていく。

種明かしをしてしまえば、美晴が逃げているのは「幸せ」からなのである。一歩前に出て幸せを摑み取るには、美晴は臆病すぎ、やり方が不器用すぎる。わがまま極まりない人間のように見える彼女が、実は傷つきやすく、優しい魂の持ち主であるというところに、本書の人物造形の妙がある。不器用な人が幸せになるためのやり方を、美晴と世宇子と一緒に模索していける小説なのだ。

山本幸久は二〇〇三年に第十六回小説すばる新人賞を受賞してデビューした作家である。受賞作『笑う招き猫』(集英社文庫)は、売れない女漫才師の奮闘を描いたユーモア小説だ。その笑いは押せ押せのものであったが(最近の言葉で言えばノリツッコミか)、第二作の『はなうた日和』(集英社文庫)、第三作の『凸凹デイズ』では、山本は押さずに引いて、遠目に眺めた人間模様を読者に提供し、そのペーソスで笑わせるという技法を選んだ。そうした笑いの背景には、人物造形の力が貢献しているのである。

山本の書く小説世界は、穏やかで、角が取れて丸くなったような手触りがある。どことなくノスタルジックな雰囲気が漂っているのも、ウェルメイドな作風の所以だろう。『はなうた日和』では、小説の背景に東京都世田谷区を走る世田谷線が配置されている。東京では珍しくなった路面電車である世田谷線には、昭和の匂いがして、読者を懐かしい気持ちにさせる。この設定も、読者を物語の中へと誘導するための仕掛けなのですね。

実は『美晴さんランナウェイ』も、物語の中でそれとは明示されていないが、作品の舞台は現代ではなく、約四半世紀前に設定されているのである。一九六六年生まれの作者の記憶もそこに重ねられているはずだ。作者にとって、そうした時代の思い出は「いいもの」なのだろう。山本幸久は、自分にとっての「いいもの」を、なるべく素敵な包装紙でくるんで読者に提供しようとする作家なのである。とげとげしい気持ちになったときなどには、そんな小説を読むと気持ちいいのではないかな。

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この小説を一言でいえば、まったく「癒されない」作品である。主人公は「何でもやってやろう屋」なる稼業を営む、成瀬将虎。彼はかつて私立探偵の見習いだった時期があった。高校時代の後輩である芹澤清がいい年をして久高愛子という十代の娘に惚れたことがきっかけで、将虎は探偵の真似事に手を出すことになる。急逝した愛子の祖父・隆一郎が、霊感商法絡みの詐欺の犠牲になったようなのだ。

歌野の文章は山本とは対称的に無機質である。それどころか、ところどころささくれ立った箇所さえある。読者を苛立たせるため、故意に文章を荒らしているのだろう。作中で描かれる事件が非人間的なものなので、そうした文体は物語に相応しいものである。主人公将虎も気優しいとは到底いえない人物。物語は彼が、援助交際女とセックスする場面で幕を開けるのだ。なんというか、とげとげしい小説ですよね、それは。

でも、である。それだからこそ、である。人生に何も幻想を抱いていない人が、感情を拝して観察したからこそ見える、真実というものがあるのだ。小説の題名は、その真実をそれとなく暗示している。物語の終盤には読者を呆れさせるほどの大仕掛けが盛りこんであり、その驚きの後に将虎のふてぶてしい呟きが待っている。ある人物に、彼は言うのだ。「そう簡単に人生を放棄するな」と。花が散り、何も残っていないかに見える葉桜の季節にでも人は生きていくことができる。いい時間は長くは続かない。それでも生きていくことはできるのである。

生きましょうな、モジモジと。

(初出:「問題小説」2007年6月号)

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