幽の書評vol.10 東雅夫編『文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船』

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小川未明集 幽霊船―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

作中の出来事よりも作者の眼差しの方に恐怖する。残酷な運命を描かずにいられない小川未明とは

小川未明は、怖い。何が怖いといって、作者の眼差しが怖いのである。未明は自らの創造した作中人物に、残酷極まりない運命を与えようとする。

本書収録作の「越後の冬」がいい例だ。こういう話である。上越後の山中に、母と二人で暮らす太吉という少年がいた。ある雪の日、太吉の母は商いのために出かけていく。ひとり帰りを待っていた太吉であったが、次第に不安がこみ上げてきたため、家を出て、母の帰り来るべき道を歩き始めてしまう。そのうち、道端の水車が立てる音が、

「お母――病気で――死にそうになって――道で臥れていゃしゃ――る。」

と聞こえてくるのである。

胸をかきむしられるような切ない情景が続くこの短篇は、ある一点で読者の不安を恐怖へと転じさせる。恐怖にもさまざまな種類があるが、未明は運命によって翻弄される人間を描き、その卑小さを浮き彫りにするのである。すぐれたプロレタリア文学(たとえば葉山嘉樹の「労働者の居ない船」)を読んだときに感じるような絶望を、この作品は提示してくる。

結びの一行がまた、言語道断なほどの余韻を残してくれる。

――それは太吉の母であった。

この一文を、読者は絶対に忘れないはずだ。

本書には、小川未明が童話作家に転じる前の明治四十年代に発表した作品が主として収められている。短篇集の中央に来るのは五篇の童話だが、世間一般のイメージとは異なって到底可憐とは言いがたく、呪詛に満ち満ちた内容である。特に童話の代表作「赤い蝋燭と人魚」の禍々しいこと、おそろしいこと(これも結末の一行が凄まじい)。

童話を挟んで前半には、未明の故郷である越後の原風景を色濃く反映したと思われる短篇が並べられており、先の「越後の冬」もここに含まれる。叱られることを恐れて泉のほとりでたたずむ少年少女が、やがてその中へと絡めとられていく「百合の花」など、突然の死というモチーフを見出せる作品が多いのが特徴だ。

対して後半部には、未明のもう一つの顔、象徴派芸術や心霊主義の影響を受けたロマンティストとしての作風を反映した作品が収められているのだ。こちらにも、村に現れた来訪者をひたすら排斥しようとする人々を描く「悪魔」のように、不条理な展開の中に人間不信の心理が顔を覗かせたような作品が入っている。

死のイメージに支配された短篇集である。読み終えた後、なぜこうも未明は世の中を呪うのか、としばし妄想に耽った。

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