杉江の読書 『ムーミンパパ海へ行く』(講談社青い鳥文庫)

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 抑えきれない冒険心を持つムーミンパパは、ついにムーミン谷を捨てて孤島暮らしをすることを決意する。そこを地上の楽園としようとした彼の思惑と裏腹に自然環境は厳しく、一家の生活は次第に停滞し始める。気ままなミイだけではなく、ムーミントロールも家を離れて自活することを宣言、ムーミンママは屋内に懐かしいムーミン谷の絵を描いてそこにいるという夢想に耽る。一家の心はばらばらになり、難破船のように海に漂い始めた。

トーヴェ・ヤンソンが1965年に発表した『ムーミンパパ海へ行く』は、ゴシックロマンスの定型を適用して書かれた、シリーズ随一の心理小説である。多層的な作品であり、たとえばミステリー要素もある。島を巡って数々の謎が提示され、結末で解かれる小説であるからだ。シリーズ全体をムーミントロールを主人公にした教養小説としてとらえれば、本書は彼が親から離れて自立する契機を描いたものと読むことができる。ムーミントロールは島を訪れるうみうまを見て胸のときめきを覚え、厄介者であるはずのモランに好悪半ばした矛盾した感情を抱くようになる。ムーミンママがはっきりと「春のめざめ」だと言っているように、このエピソードは少年が幼年期を脱して思春期に入ったことを示すものなのだ。また、小説を通じて性役割を巡る視点を考えるきっかけも与えられる。家族を連れて転居を決めたムーミンパパの行動は己の自尊心を満たすためのものであり、そのためにムーミンママは慢性的な憂鬱を覚えるようになる。彼女が夢想に耽るのは、そうした自分を保護するためとも考えられるのだ。本書では、ムーミンママもまた息子と同様に自立を意識する。

ヤンソンは1965年から小さな島を借り、夏期をそこで過ごすようになった。そこで見聞したことは本書の心象風景として活かされているはずだ。また、本書の内容は1957年のコミック作品「ムーミンパパの灯台守」(『黄金のしっぽ』所収)を下敷きにしている。

(800字書評)

トーヴェ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)

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トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の夏まつり』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の冬』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパの思い出』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパ海へ行く』(講談社青い鳥文庫)

トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の十一月』(講談社青い鳥文庫)

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