街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2018年8月、吾妻線と両毛線やっぱり焼きそば

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大前駅にて。吾妻線とわたくし。

二〇一八年夏の青春18きっぷ旅行のその2。

とにかく関東近郊で大回りできる道筋というのを考えて、高崎~小山の両毛線を軸にしようと考えた。この時点で両毛線は、特撮の撮影でお馴染みの岩舟まで行ったことがあるだけで、全線通しでは乗っていなかったからだ。

ただ、それだけではもったいないので、高崎から盲腸線の吾妻線にも乗ることにした。吾妻線には草津温泉に行くときに利用する長野原草津口駅があって乗車経験はそれなりにあるのだが、やはり遠しで乗ったことがなかった。時刻表を見ると終点の大前駅まで行く便は一日に五本しかない。これはわざわざ行くに値する路線ではないか。

調べると高崎発大前行きの電車は八時五十三分にあることがわかった。それに接続するためには拙宅を六時半ごろに出れば大丈夫なのだが、高崎駅の乗り換え時間が二分しかないのが気になる。ホームを橋上経由で映らないといけなかったりすると間に合わなくなる可能性があるので、もっと早い時間に出ることにした。通勤時間帯とかちあうのも嫌だし。

そんなわけで高崎駅で一時間近くも空いてしまった。近所の古本屋に行こうにもまだ空いていないだろうし(この十日後に改めて来高して、行った)、駅の近くで潰すしかない。歩き回っていると、なんと駅ビル内のくまざわ書店が開いていた。くまざわ書店、偉い。そしてけっこう大きい。こういうときは必ず郷土本の棚を見るのだが、前から欲しかった上毛かるたが置いてあるのを見つけた。やった。私はご当地かるたが好きなのだ。それと高崎市が今観光資源として売り出している絶メシ(後継者がいなくて絶滅しそうな食堂)に取材した『絶やすな! 絶メシグルメ 高崎絶メシリスト』(一般社団法人高崎観光協会)、群馬名産の民俗調査本『おきりこみと焼き饅頭 群馬の粉もの文化』(横田雅博、鷹山漁村文化協会)も買った。後者は題名通りの本だが、たとえば焼き饅頭が種別にどんな分布をしているかというようなことをかなり詳しく書いてある。こういう本は貴重だから見かけたら買って読まないと駄目なのだ。

上毛かるたが買えてご機嫌。

これから大前まで行くのにけっこうな荷物になってしまった。結局吾妻線のホームは今乗ってきた高崎線と同じで、心配は杞憂に終わった。八時五十三分発、遠くに山々の影を望みながら一時間半ほど車上の人になる。十時三十八分、大前駅に到着した。

もちろん無人駅である。ホームの待合室には、旅客向けにノートが置いてあった。これこれ、この感じ。懐かしいなあ。今よりも国内旅行をよくしていたころは、あちこちに出没してノートに一筆入れていた。SNSはおろかインターネットさえ普及していなくて、自分の足跡を残すことができなかった時代だ。

先頭車両の外に車掌が出て、検札を行っている。この列車は十一時ちょうどに折り返しで高崎行きになるのである。乗客全員がそれに乗る模様で、しかもほとんどが青春18きっぷを車掌に見せている。平日の午前中にここまでくるのは、やはり乗り目標の鉄道ファンぐらいなのだろう。大前駅が過去にどのような賑わいを見せていたのかは不勉強にして知らないが、駅周辺に人影はなく、近くの河川で工事が行われているのみであった。静かである。物音といえば、周囲を歩き回る鉄道ファンの足音だけだ。一人も欠けることなく、十一時ちょうどに高崎行きは発車する。

大前駅の周辺はこんな感じ。

車内で長野原草津口で下りて草津温泉まで行ってこようか、という考えがちょっと芽生えたのだが、熟慮の結果見送ることにする。JRバスで往復すれば草津温泉に一時間ぐらいは滞在できるので、立ち寄り湯につかるくらいはできるのである。草津温泉の魅力に抗うのは困難であったが、今日は両毛線、小山まで行くから、と自分に言い聞かせて乗り切る。それに今日は、もう一ヶ所どうしても行っておきたいところがあったのだ。しかし年内に絶対もう一度くらいは草津に来てしまいそうである。

高崎には十二時二十四分到着、十二時三十七分発の両毛線下りに乗り換える。いったん前橋駅で降りた。どうしても来たかったというのはここなのである。

前にも書いた「焼きそば名店探訪録」を数日前に見ていたら、気になる記事が更新されていた。前橋市民に長年愛されていたあくざわという店の焼きそばが、そのファンだった男性によって復活して話題になっているというのである。店名をあくざわ亭といい、品書きは焼きそばの並と大、特のみ。その記事の一文に心を射抜かれた。あくざわ亭の焼きそばは「ところどころ焦げた切れっ端が混ざっている点も含めて、新宿・思い出横丁にあった若月の焼きそばを彷彿とさせる」というではないか。若月の焼きそば。今年の一月に閉店してしまい、心の一部がどこかに消えてしまったような気持ちを味わった、あの若月の焼きそばを彷彿とさせる、だと。

調べたところ、営業時間は午後二時まで。駅からそう遠くはないようだが、陽射しも強くて、歩いていくにはちょっと辛そうだ。タクシーを飛ばしていくのもな、と考えていてレンタサイクルののぼりを発見した。さすがは自転車のまち・前橋。なぜ自転車のまちかはよく知らないが、のぼりに書いてあるのである。貸出をしているのは駅北口の駐輪場で、二百円と格安である。何時間ぐらい借りますか、と聞かれたので二時間と答える。あくざわ亭のほうかにもう一ヶ所行くところがあるからだ。

自転車に乗るのは本当にひさしぶりで、ギアチェンジの仕方もおぼつかなくなっている。しかし軽快である。地図を眺め眺めしながら、十分もしないうちにあくざわ亭に着いた。

はやる心を抑えながらドアを開ける。いらっしゃい、の声がかかるが、次いでの宣告にくずおれそうになる。

「ごめんなさい。麺がもうなくなっちゃったんですよ」

なんですと。東京からこのために来たのに。

「お持ち帰り用が二つ残っているので、それを温め直すことはできますが」

と店主は済まなそうに言ってくれる。いえいえ、それで十分です。遅い時間に来たこっちが悪いのです。

量はどうしますか、と聞かれる。並が二つ分だと特の量なのである。病み上がりにつき本当は二つ食べるのは無理なのだが、せっかく温め直してくれるのに一つでは申し訳ない。ありがたく特としていただくことにする。

しばらくして皿に盛り直された焼きそばが運ばれてきた。「焼きそば名店探訪録」にあるとおりの噛み応えある太麺、そして薄い玉子焼きを刻んで入れてあるのも記事通りだ。

美味い。若月の焼きそばに似ているかどうかは個人の感想で違うだろうが、こういうしっかりした麺は大好きである。口の中でもさもさする感覚も好き。後がけ用にソースは置いてあったが、私には不要なほどにしっかりした味付けだった。もさもさしているので、途中で飲み込みにくくなるが、それも好ましい。喉を押し広げて入っていく感触も味の一つだ。

食べながら店主とお客さんの会話を聞いている。

仕込ができるのは一日に九十が限度なのだが、なぜかここ数日お客さんが増えてしまって、早い時間に売り切れになってしまっている、のだとか。

おそらく「焼きそば名店探訪録」の影響もあるのだろう。私もその一人である。この状況がいつまで続くかはわからないが、あくざわ亭に行ってみたい人は私のように正午を回ってからではなく、もう少し早めに行った方が無難なようだ。

食べ終わり、ごちそうさま、とお会計を済ませると、店主から「前のお店にも来られていたんですか」と訊ねられた。前のお店というのはあくざわのことだろう。

「いえ、おいしい焼きそば屋さんができたと聞いて、来てみたんです」

「そうですか。また来てくださいね」

あくざわの味に近づけようとしているんですけど、なかなか難しくて、と店主。元の味は知りませんが十分美味しかったです、と答えて店を出た。あくざわ亭、良い焼きそばだった。

あくざわ亭の焼きそば。温め直しでも無茶苦茶美味かったので、できたてを食べたら死ぬ気がする。

ここから上毛電鉄上毛線で二駅行ったところに山猫館書房という古本屋がある。このときは知らなかったが群馬県古書籍商組合の代表を務めているお店らしい。電車で行ってもよかったのだが、せっかく自転車があるのでひさしぶりのサイクリングである。道は簡単で、ひたすら東に漕いでいくだけだ。途中の街並みに風情があり、古いお店がまだたくさん営業している。

十五分ほどで山猫館書房は見つかった。その手前にあったのが三俣せんべいの本店で、ここでお土産にソースせんべいを買った。ソースせんべいというと東京の人間は刷毛でソースを塗った小麦粉のものを思い出すが、ここのは普通の粳米のせんべいにソースで味付けをしたものだった。こっちのほうがおいしい。

山猫館書房の看板に手書きで猫の絵が描いてある。店主は俳人でもあり、詩歌句集などの美麗な本が特別に展示してある。美術書や児童書なども珍しいものを見かけた。店の左奥が幻想文学の棚になっており、ミステリーやSFの愛好家向けだ。安斎竹夫『浪花節の世界』(日本情報センター)を見つけたので買う。安斎は「浪曲ファン」の創刊編集長を務めた人で、浪曲研究の第一人者である。浪曲関係の参考文献は少なく、見かけたら必ず買うことにしている。これで前橋まで来た甲斐があったというものだ。

猫の看板が素敵な山猫館書房。

『浪花節の世界』。スリップが入っていた。

駅に戻って自転車を返し、再び両毛線に乗る。先ほどまでは陽射しが焦げるように暑かったのにいつの間にか陽が翳り、路面にぽつぽつと黒い点が穿たれていた。ここに来るまでに入浴施設も見つけていたのだが、見送っておいてよかった。列車に乗ると、しばらくして本格的な雨が降り始めた。湿気に誘われたのか睡魔に襲われ、対面シートで荷物を抱えながらまどろむ。

小山駅に着くと、時間があったら乗ろうと思っていた水戸線が落雷のために運行見合わせになっているとの構内放送があった。これは道楽もほどほどにして帰りなさいという天のお告げだろう。湘南新宿ラインを待って帰路についた。盲腸線と焼きそばと浪曲本の一日、これで終わり。

前橋にて。キャバレーロンドンだ! 子供のころ聖蹟桜ヶ丘駅前にあって中を覗きたくてしかたなかった。まだ営業しているのだろうか。

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