街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール番外・赤旗連載「通勤型街道歩き」6

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これは2018年に金谷に到達したときの写真。このあとあの坂を上るのだと思うとちょっとうんざり。

最近は、東海道新幹線に乗るとずっと窓外を眺めている。歩いたことがある場所を通るからだ。「あ、あそこは腹が減って大変だったあたりだ」などと思い出しているうち、目的地に着いてしまう。踏破したことで、わが町のような親近感が湧いているである。

街道を歩くと自分の背の高さで土地を記憶することになる。たとえば「天下の険」と歌われた箱根山で私が覚えているのは、東西の植生が見事に異なっていたことである。東側の山道は見事な杉林の中を通っている。しかし西側ではそれががらりと異なり、街道は大人の背丈よりも高い茅の茂みに覆われているのである。陽光の当たる向きが関係しているのだろう。茅のトンネルをくぐるときに聞いた葉ずれの音は、たまに脳内で再生されることがある。

あるいはその箱根や鈴鹿峠と並ぶ難所として知られた小夜の中山。ここで忘れられないのは、敷き詰められた石畳の丸さだ。これは近年になって復元されたもので、住民が大井川の河原から舗装に使う丸石を拾ってくる「一人一石運動」によって実現したのである。

それ自体は美談なのだが、道路に埋め込まれた石が大きく丸いために、敷石というよりは足を滑らせるための罠になっているのはいただけない。「なんでこんなに邪魔なんだ」と泣きながら坂を上がった恨みは決して忘れないのである。

おっと私怨が出てしまった。それはともかく、街道の大部分は名所とは縁のない普通の道路である。そこに何度も通っていると、街道歩きは日常的な行為に接近する。言い換えれば、街道が近所化していくのだ。

だからこそ、ちょっとした変化が深く記憶に刻みつけられる。変わった名前の店の看板を見ただけでもずっと覚えているぐらいなので、約4kmごとにある一里塚到達は大イベントだ。もしあなたが一里塚の前で挙動不審な人を見かけたら、それは街道歩きのベテランが感動に震えているところかもしれないのである。

東海道歩きは「嵌り込んだら抜けられない」趣味だと「東海道五十三次」の作者・岡本かの子は書いた。たしかに私も、全行程495kmを一度制覇したのに、今も何かと理由をつけては歩きに通っている。

すごろくのように上がりがあるから街道歩きはおもしろいのだ、という人もいる。だが私の場合、歩くことで街道が自分の知った町になっていく感覚が好きなのだと思う。やあ、ひさしぶり、変わりないですか。心の中でそんな挨拶をしながら、明日もまたどこかの街道に出かけていく。

赤旗の連載では使わなかった蓬莱橋の写真。一度は訪れる価値のある橋です。

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