芸人本書く列伝classic vol.24 桃月庵白酒『白酒ひとり壺中の天』

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「水道橋博士のメルマ旬報」は配信日の1週間前が〆切である。その時点までに原稿を送るか、または休載のコメントを出すことになっている。「伊勢参り」云々というのはそのことである。「伊勢参り」は冗談ではなくて、『東海道でしょう!』(幻冬舎文庫)で街道歩きに目覚め、東海道から伊勢街道への分岐点である四日市から伊勢神宮までの70kmをこのとき本当に歩いていたのだ。自分の中で街道歩きの趣味と演芸への関心はちゃんとつながっているのだが、詳しくは別の機会に譲る。

この回でとりあげたのは桃月庵白酒の著書だ。白酒への関心から、後に『桃月庵白酒と落語十三夜』という本も作ることになる。

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白酒ひとり壺中の天 火焔太鼓に夢見酒 (落語ファン倶楽部新書009)

前号はお休みをいただいてしまった杉江松恋です。編集の原カント君に「伊勢参りのため休載します、って書いてください」と伝えていたのに、忘れてるんだもん。藤田香織さんとの共著『東海道でしょう!』(幻冬舎文庫)で報告したとおり、東京・日本橋から京都・三条大橋までの492kmを歩いて踏破したのだが、元ネタの『東海道中膝栗毛』は、実は途中から伊勢街道にそれ、完全には東海道を歩ききっていない。その道を忠実になぞるため、四日市から伊勢神宮内宮までの約70kmを追加で歩いてきたのだ。外宮前にある、アメノウズメを祀った芸能の神様、佐瑠女神社にもお参りしてきましたよ。

それはさておき、今回採り上げるのは桃月庵白酒『白酒ひとり壺中の天』(落語ファン倶楽部新書)である。

桃月庵白酒は1968年、鹿児島県生まれ。高校時代は自身プロ入りも夢見たほどの野球漬けの生活を送っていたというが、アクシデントで視力が低下して断念、一浪して早稲田大学社会学部に入った。そこで落語研究会に入会したために白酒、こと本名・愛甲尚人の人生は大きく変わってしまったのである。

と、書くと、落語研究会で先輩の落語家に出会うか、プロの素晴らしい高座を聴いて自分も入門する! と思い込んでしまったのだろうな、と思うでしょう。でも、ちょっと違うんだな、これが。

この本の第1章は、こんな一文から始まっている。

映画『アニマル・ハウス』。大学に入る前にこの作品を観てしまったことが、後々の私の生き方に大きな影響を及ぼした気がします。

落語じゃないじゃん!

ご存じの方も多いと思うが、『アニマル・ハウス』は後に『ブルース・ブラザース』を撮ることになるジョン・ランディスの監督としての出世作である。同時に、『ブルース・ブラザース』でダン・エイクロイドと共に主演を務めた喜劇俳優ジョン・ベルーシの最初の映画出演作品でもある。ベルーシ演じるブルートは、学食で無茶食いしたり、ビールの缶を額で潰したりといった奇行が印象的な怪人で、主人公は彼が属する劣等生ばかりの寄宿舎デルタ・ハウスの住人になり、自分を迫害した優等生集団と闘うことになる。つまり、バカばっかりやっているボンクラたちが、堅物の真面目人間に対して勝利を収めるという筋立ての話なのである。

愛甲青年の入った落語研究会は、そのデルタ・ハウスのような場所だった。いや、早稲田大学落語研究会の名誉のために書いておくと、愛甲青年が勝手にそこをボンクラたちの巣と見立てて居心地良く住み着いてしまった。なにしろ彼はちょっとばかりマイペースの度が過ぎていて、せっかく入ったゼミの最初の合宿を平気でサボり、あとから「あ、あれは行かなくちゃいけなかったのか」と気付くという、常識の欠落した部分があったようなのである。

本書は5章から成っており、第1部は愛甲尚人が六代目五街道雲助に入門を果たすまで、第2章が二つ目までの修業時代、第3章が三代目桃月庵白酒を襲名して真打昇進以降、第4章が遡って高校までの鹿児島時代、という構成になっている。それらの半生記の部分ももちろんおもしろいのだが、ここでは思い切ってすべて省略する。本書の価値は、第5章にこそあるからだ。

第5章は「古今亭の愉しみ方 この師匠のこの噺」と題されている。落語の世界にあまり詳しくない読者のために書いておくと、古今亭一門にはいくつかの流れがあるが、現在の主流となっているのは昭和の名人と謳われた五代目古今亭志ん生門下の落語家たちである。志ん生の長男は十代目金原亭馬生、次男は三代目古今亭志ん朝である。白酒の師匠五街道雲助は馬生門下だったが、師が54歳の若さで早世したために志ん朝の元に移った。

今名前を挙げた志ん生、馬生、志ん朝、雲助に加え、「ドラキュラ」と異名をとった古今亭志ん五、江戸前の芸風で人気のあった古今亭右朝の六演者がここでは紹介されている。参考のために書いておくならば、雲助以外はすべて故人だ。しかも志ん生は83歳の天寿を全うしたが、他は60代までで病没している。

さて、この5章の何が素晴らしいかといえば、演者の立場からその芸を分析している白酒の解説である。古典落語はネタ、すなわち噺を演者それぞれの演出で口演する芸能だが、噺そのものストーリーはさほど重要ではない。起承転結すらないものが多く、しかも演者は最後まで演じずに途中で落ちをつけてしまったりもする。むしろ与えられた題材を元に、どのような演出を施すかということに価値があるのだ。古今亭一門なり、あるいは東京落語における二大流派である三遊・柳両派の伝統の演出法というものがまずあり、その上に演者それぞれの自己流アレンジがある。

落語は口演される芸能だから、演者の身体が楽器でいえばメロディ・パートやリズム・パートを担当する。また舞台でいうところの小道具は手に持った扇子と手拭ですべて演じ分け、背景にあるべき大道具は身体の素振りで表現する。つまり楽器と小道具と大道具を身体で著しながら、一つの物語を聴衆に向けて語っていくのである。演者の肉体が極めて大きな意味を持つことがわかるはずだ。

この5章で白酒は、その「肉体」を演者がどう使っているかという解説を試みたのである。

たとえば雲助の「堀之内」のポイントを「目と表情」と規定し、次のように書く。

粗忽な人というよりは、目の前しか見えていない、周りが見えない人、目の脇に遮蔽物がつけてある馬みたいな、狭い視界なんだって意識でやるんです。どうしようどうしようってきょろきょろするんですけど、首が動くんじゃなくて、肩と顔が固定していて、言うなればロボットみたいな固い動きなんです。

歌舞伎でも成田屋お家芸の「にらみ」など、眼技が継承されているが、観客のすべての注意が演者の表情に向けられているといっていい落語では、自分の顔をどう使うか、ということは演者にとって大きな問題だろう。それを白酒は書いているわけだ。また、同じ雲助の「臆病源兵衛」の項では、

[……]師匠は首がにゅっと伸びるんです。それが、自分の体躯を利用したやり方ですが、背骨を曲げておいて、にゅって首が伸びたように演じるんですよ。

と、体術を交えた演出について説明している。

古今亭志ん朝を紹介するページでは、「愛宕山」の項で山を登る人について書いた部分が興味深い。

山登りの仕草もいちいち綺麗です。幇間の一八も、最初は上半身と下半身の動きが合ってるんです。そのうちにちょっと息が絶え絶えになってくると崩れて行くんですが、その連動していないということを表現するのがとても難しいんです。

体の動き以外では、「音」についての解説が秀でている。「千両みかん」は、真夏にみかんを食べたくなってしまった若旦那のために番頭が奔走し、果物問屋の蔵に一個だけ残っていたみかんを探し当てる噺なのだが、馬生の演出では音の要素が重要なのだという。

この絵を思い浮かばせるには、また擬音が活躍します。桂枝雀師匠の「おひさんが、かー!」じゃないですが、「陽が強くて、かっ! と照りつけておりまして」の「かっ!」の音が効いてくる。あとは、みかん問屋の蔵を開けるときのキーッという音、「ひんやりとした風が、そのなかをスーッと流れておりまして」のところも、地語りの声より、擬音の方がよく聞こえるようにアクセントを置いている。

白酒は先人たちの演出法を紹介するのと並行して自身のそれをも開陳している。その中でも擬音の使用についての強い関心度がうかがえるのである。

志ん生が十八番とした「火焔太鼓」について、

太鼓が売りたいがために道具屋の心がはやるので、「売る」という言葉を強調しようとしたら、偶然に「ウルーウルー」と発音していたんです。

これがキタキツネを呼ぶときの声みたいだったので、アドリブで擬声語遊びをしてみたんです。これが存外ウケたので、噺の弾みにもなりました。オノマトペで遊ぶのは、地口オチにも使われる古典落語の手法でもあるので、噺の軸からブレない範囲で採用しています。

このような解説を読んでいると、それぞれの動作、発声が脳内で再現されていくような錯覚がある。そうした臨場感を味わわせてくれるのが、第5章の素晴らしい点なのだ。読むと、実際に落語を聴きたくなってくる。

なお、本書と同時に白酒の師匠である五街道雲助の『雲助、悪名一代 芸人流、成り下がりの粋』(落語ファン倶楽部新書)が刊行された。師弟同時は珍しく、ぜひ併せ読んでもらいたい。一番弟子である白酒について雲助が書いている個所は、たいへんに微笑ましいものである。

桃月庵白酒と落語十三夜

本稿は「水道橋博士のメルマ旬報」連載を許可を得て転載しているものです。「メルマ旬報」は月3回刊。杉江松恋の連載「芸人本書く列伝」はそのうちの10日発行の「め組」にてお読みいただけます。詳しくは公式サイトをご覧ください。

「芸人本書く列伝」のバックナンバーはこちら。

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