幽の書評vol.5 デイヴィッド・マレル『トーテム[完全版]』

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

トーテム 完全版〈上〉 (創元推理文庫)トーテム 完全版〈下〉 (創元推理文庫)

1970年代を代表するモダンホラー傑作が、「完全版」として甦る。現代版人狼伝説ここにあり

1970年代にデビューしたスティーヴン・キングと、彼に追随する作家たちが1980年代にモダンホラーの一大ムーブメントを作り上げた。デイヴィッド・マレル『トーテム』は、その潮流の中で書かれたホラー長篇である。作者自ら、キング『呪われた町』から受けた影響を認めている。

舞台になるのはポッターズフィールドという人口2万人程度の小さな共同体である。ストックといえば株式ではなく、家畜のことを意味するという、牧畜の町だ。そこに異変が起きるのである。牧場で飼われていた雄牛が死体となって発見されたことから事件が始まる。雄牛の亡骸は何者かに噛み裂かれたような惨状を呈していた。

やがて別の事件が起き、今度は人間の男が、同様の惨殺体として発見された。警察署長のネイサン・スローターは、この謎を解明しようと動き始める。たまたまポッターズフィールドには、この町にかつて存在した一大ヒッピー・コミューンの軌跡をたどる取材のために雑誌記者のゴードン・ダンラップが訪れていた。彼とともにコミューン跡地を訪れたスローターは、意外なものを目撃する。

『トーテム』はマレルの1979年の作品だが、編集者からの要請があって短縮化するための改稿がなされた。かつてハヤカワ文庫で訳本が出ていたのは、この短縮版である。同書は1970年代を代表する秀作ホラーの1つとして評価されたが、マレル自身にとっては不本意な出来の作品であったという。今回邦訳されたのが、改稿部分を旧に復した〈完全版〉なのだ。

旧版は100以上の短い章の連なりによって構成され、頻繁に視点人物が切り替わるなど、映画的な演出がなされていた。対する完全版では、視点の切り替えはあるものの、主人公であるスローターの側から描かれた部分の比重が大きくなっている。町の異変に立ち向かう警察署長の物語という性格が非常に強くなっているのである。

誰かの身に災いが降りかかるのは、その人物が呪われた地に足を踏み入れたためである。そうした形で結果から原因が推察され、逆転した因果関係が成立した形が禁忌の伝説となる。その伝説に科学的な解釈という根拠を与え、現代的な物語として甦らせたのがモダンホラーという小説形式だろう。本書もその形式に則って書かれており、人狼伝説という古典的な題材に新たな生命が与えられている。

90年代のマレルはホラーの側に回帰し、長篇『廃墟ホテル』(ランダムハウス講談社)やブラム・ストーカー賞に輝いた短篇集『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』(柏艪舎)などの作品を発表している。前者は、日本でも最近愛好者が増えている廃墟探検に端を発する物語である。本書を読んでマレルに関心を持った読者にお薦めしたい。

「幽の書評」バックナンバーはこちら

スポンサーリンク

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存
スポンサーリンク