小説の問題vol.8 逢坂剛『燃える地の果てに』

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燃える地の果てに(上) (文春文庫)

テポドン一号が発射され三陸沖洋上に落ちたことが報道されたとき、誰もが脳裏に核戦争の恐怖を思い浮かべたに違いない。あまりに拡散して核の傘自体は見えなくなったが、その脅威は今でも消えたわけではないのだ。

ところで、今から三十年以上も前の一九六六年にスペインで米軍機が事故のため墜落した事件があったことをご存じだろうか?その機内には水爆が積載されていたことを?逢坂剛『燃える地の果てに』は、その実際の事件を題材として描く冒険小説である。

一九九六年新宿のゴールデン街でバーを経営し、サンティというスペイン名の愛称を持つ織部まさるは、来日した女性ギタリストのファラオナが、自分と同じ製作者の手によるギターを持っていることに気付いた。その製作者とはエル・ビエント、かつて織部の友人であるホセリートこと古城邦秋が単身スペイン南部の僻村パロマレスまで赴いてギターを手に入れようとした幻の名匠だったのである。彼の説明に心を惹かれたファラオナは、織部とともにパロマレスを訪ねることを決意する。一方、時代はさかのぼって一九六六年、エル・ビエントを訪ねてギター製作を依頼していた古城はパロマレスの農園で働きながらギターの完成を待っていた。そんなある日、突如上空を飛ぶ米軍機が事故を起こし、村をめがけて墜落してきた。それこそが四基の水爆を積む問題の軍用機だったのだ……。

物語は九六年と六六年の二つの時間を行き来しながら、読者に魅力的な謎を投げかけてくる。九六年の現在においては、長い沈黙を破って突如ファラオナのギターを作ったエル・ビエントの素性を巡る謎、そして六六年の過去においては、四基の水爆の行方と、ソ連に情報を流し続けるスパイの正体を巡る謎。逢坂は決して性急に筋を追わず、謎のディテールを丹念に書き込んでいく。特に水爆捜索をめぐっては、歴史を再構成するかのような重厚感に満ちている。

思えば逢坂とスペインとの関係は深い。彼がフラメンコ・ギターに魅せられて幾度も渡西したエピソードは有名であるし、第九六回直木賞を射とめた『カディスの赤い星』に代表されるスペインを舞台にした冒険小説の諸作は、逢坂の代表作でもある。その中でも『カディス』と本書には、どちらもギターに対する想いが重要な伏線になっているなど作品上の共通点も多い。『カディス』の舞台が三六年、本書が六六年と、共にスペインの全体主義政権健在の時期を題材として採り上げていることから考えても、二つの小説は姉妹篇的な関係にある。

読者によっては、『カディス』のダイナミックなプロットに比べ、本書の物語運びをやや緩やかに感じるかもしれない。先述したように逢坂はこの未知の事件を描くのに細心の注意を払い、一分の隙もない緊密さで執筆しているからだ。その分スピードは失われるが、語り口には真実の鋭い切れ味が宿っている。まるで、ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る』を思わせるような読み応えなのである。もし可能ならば、もう一度逢坂に直木賞を進呈したいくらいだ。(残念ながら一作家一回かぎりだが)

登場する日本人は二人だけ、しかもサンティとホセリートと呼び合うなど、気持ちはほとんどスペイン人である。この異色の舞台設定に抵抗を感じた方も、騙されたと思ってぜひ一度目を通して頂きたい。天性のストーリーテラー逢坂が、退屈な物語など提供するわけがない。歴史の裏に隠された真実を知った驚愕の後には、ミステリーでしか味わえない鮮烈な謎解きの快感が待っているのである。どんなすれっからしの読者でも、この結末には驚愕するはずだ。

(初出:「問題小説」1998年10月号)

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