幻冬舎『ヒッキーヒッキーシェイク』文庫化中止問題について

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記憶は風化するものだから書きとめておきたい。

株式会社幻冬舎が津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』の文庫化にあたり、話がほぼ決まり、装幀や解説者依頼など造本の詳細まで決まっていた段階で出版の中止を作者に申し渡したという件である。その理由は、津原氏が幻冬舎刊の百田尚樹『日本国紀』に対してツイッター上でたびたび攻撃を行い、営業の士気を低下させたためであるという。

同書についてはすでに、歴史学者から内容に関する理性的な批判が行われており、ここでそれを繰り返すつもりはない。重要なのは、津原氏の『日本国紀』に対する意見はすべて、本の制作姿勢に向けられたものであって、その思想的な偏向についてのものではないということだ。『日本国紀』の記述にはウィキペディアなどからの引用がそのまま記載された箇所が多いこと、引用についての正当な手続きが踏まえられていないこと、十分な校閲が行われていないことなどの安易さ、不誠実さに関して津原氏は批判を行ったのだが、それに対して制作者側は誠意をもって応えることをしなかった。そして、上記のような出版中止という判断が下されたのである。

小説といっても商品として製作されるものだから、その中途で出版中止という判断が行われることはありうる。ただその場合には、作家の権利は守られなければならない。出版社の都合だけで突然契約を破棄することは許されないのだ。

日本の出版契約は製造物請負契約からすると締結のタイミングがおかしい、ということはよく言われる。本来ならば納期を定めて着手する時点で結ばれるべきものが、作品が出来上がって刊行時期が見えてからようやく手続きに入るということが一般的である。

これは執筆という作業の特殊さから来たもので、出版社と作家の信頼関係によって維持されてきた。今回のような幻冬舎の行為はこの信頼関係を危うくさせるものであり、影響は甚だしく大きい。本来であれば作家の権利を守るために存在する団体は幻冬舎を強く批判して改善を求めるべきだったが、残念ながらそれは行われなかった。私が属する日本推理作家協会でも会員から働きかけを求める声が上がったが、「津原氏が会員ではなく」「救済を求められてもいない」という理由から却下されて終わった。事の本質を見誤っているというべきだろう。幻冬舎が一作家に対して行ったことは、今後誰の身に対しても降りかかる可能性があるのだ。かかる問題が今後も繰り返し起きるようであれば、現在の契約慣行自体を見直さなければならなくなる。それで最も困るのは誰なのだろうか。

この問題に関しては、幻冬舎社長である見城徹氏がツイッター上で津原泰水氏の当該作単行本の部数を暴露するという手に出た。津原氏の本を出すのにどれほど苦労したか、という証拠を示すつもりだったようだが、作家と出版社の間のみで共有されるべき事実を暴露したことにより、この点については特に批判の声が高まった。すると幻冬舎は、部数暴露について謝罪し、見城徹氏がツイッターを止め、メディア出演も控えるということを落としどころにしてきたのである。

これは論のすり替えであり、矮小化である。幻冬舎が反省すべきは社長のSNS上での失言などではなく、刊行時期直前での出版中止という、作家との信頼関係を損なうような暴挙に出たことである。

幻冬舎は読者と、製作にあたって協力を仰いでいる関係者に向けて、『ヒッキーヒッキーシェイク』文庫化中止の経緯が津原泰水氏が指摘しているとおりの不誠実なものであったか否かを調査し、明らかにすべきである。もし自社に否があるとわかった場合は、潔く認めなければならない。それ以外に本件によって失墜した信用を回復する手段はない。

すでにホームページなどで見城徹氏の失言についての謝罪は公開されている。しかし出版社である以上、自社の公式見解については自社の刊行物に記載して世に示すべきではないだろうか。幸い幻冬舎には「小説幻冬」という、社名を冠した月刊誌がある。その巻頭言で、このたびの事態について触れて、自社の姿勢を示してはどうか。私は早い時期からそう主張してきた。

しかるに、「小説幻冬」6月号にはそのページはなかった。私は日本文藝家協会のアンソロジー編纂を行っている都合上、毎月当該誌を献本いただいているのだが、そこにはクリアファイルに入った二枚の通信文が入っていた。この雑誌の刊行は毎月27日であり、騒動発覚後誌面の差し替えは不可能だったはずなので、その代替措置なのかもしれない。

一枚は編集長名義のもので、もう一枚は社長及び社員一同からのものである。いずれも内容は上記の「見城徹氏によるツイッター上の失言」を詫びるものであったが、本質的な問題である、一方的な出版中止については何の言及もなかった。

編集長名義の書面は、見城徹氏のツイッター削除・停止とアベマTVの冠番組終了について触れた上でこう書いてある。

もちろん、それで終わりではないと認識しております。幻冬舎の社員として深く反省するとともに、失われた信頼を回復するために日々を費やしていきたいと考えております。言論の自由を守る一役を担う編集者として、いい本を作り、それを読者に届けるために何をすべきか。今一度自らに問い、書き手の皆様が安心してご執筆いただける雑誌であり続けられるよう、より一層精進してまいりたいと存じます。

「何をすべきか」は明らかであって、上記のとおり、事の経緯を調査し公的な場で謝罪する以外はありえないと私は考える。編集長はよく知る人物であって(東海道にも同行してもらった)その心中は察するに余りある。編集長に苦言を呈しなければならないことを、たいへん心苦しく思う。しかし本質的な部分を改善しない限り、他の何をしても無駄なのだ。形だけの謝罪で済ませて、なし崩しに元の鞘に戻そうとしていると思われても仕方ないことを今の幻冬舎は続けている。

信用回復のために何をすべきか。そして何をしていないか。私を含めて今回の一件に関心を抱いた者は、ずっとそこに注目しているはずである。

「小説幻冬」7月号が届いたが、そこにも本件への言及はなく、いつも通りの誌面であった。

ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)

幸い作品自体は早川書房から文庫化され、無事に刊行されて売り上げも伸ばしつつある。

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