杉江松恋不善閑居 自粛生活2日目「古本屋で買わなかった本のこと」

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

4月9日

ちょっと気になったのでツイッターでアンケートを取ってみた。

設問は以下の通り。

「古本屋が好きな方にお聞きしたいのですが、訪ねたお店にいい本があったのだけどなんらかの事情で買わずに置いてきた場合。ブログなどに書くとき、以下のどちらを選んでますか」

Aその書名は明かさない。

Bその書名を明かす。

24時間で95の回答があった。ありがとうございます。

結果はA69.5%、B30.5%書名を明かさない人のほうが優勢。ただ、理由もできれば書いてくれるようにお願いしたところ、Bのほうが具体的に記入してくださった方が多かった。ABどちらか書かずに理由を記入してくださった方もいたので、それは私が判断して分けている。

「書名を明かさない」

「頼まれたもの以外を不特定多数に晒すことはしません。自分で探すのも古本趣味の一つと思っているので」

「書名を明かす」

「自分がオススメしたい本が、その本を読みたい人のところに届く可能性があるから」「自分の探している本なら、借金してでも買うし、持ってる荷物を捨てても最優先で持ち帰るので」「「いい本」だと知っているのなら自分が所持しているはずで、であるなら、どこかの誰かに読んでほしいからですね」「自分以外の人に「おっ、あの本が」と思ってもらいたい気持ちがあります。また、再訪しようか、まだあるかな? やっぱり買おうかと、自分の背中を押す意味でも」

なるほどなるほど。

私はAの「明かさない」派なのである。このサイトの記事でもほとんどそうしているはずだ。これは、古本屋というのは生活圏に即したものだと考えていて、どこかのお店は誰かの行きつけかもしれないと思っているからだ。その生活圏に入っていって、次に行ったら買おう、と誰かが思って置いていったのかもしれない本について他の地域に知らせちゃうのはなんとなく気が引ける、というのが主な理由である。「古本は一期一会」という言葉もあって、見かけたときには買わないと二度と出会えないかもしれないということもあるので、「書名を明かす」派の人を否定するわけではない。ただ、私はそうしていない、というだけのお話である。

そうか、二人に一人が同じ考え方か。

コロナ憎しと自粛生活の2日目である。

私などはもとから引き籠りの自営業だからいいのだが、人前に出ないと商売が成り立たない芸人稼業は本当に苦労されていると思う。私がご縁あって手伝いをしている立川寸志さんの「寸志滑稽噺百席」も中止ということになった。緊急事態宣言が出た直後に寸志さんからメールがあり、どうしようかという相談になった。しかし、普段は絶対休まない寄席の定席までもがありえない決断を下した今、選択肢は一つしかありえない。

「まあ、中止ですかねえ」

「ですねえ」

予定してくださっている人がいるのかもしれないのだから、ということでに速報を流してもらった。繰り返しになるが、私はもともと引き籠り・のようなものだからいいのだが、寸志さんにとっては洒落にならない事態である。SNSを見るとあちこちから悲鳴のような興行中止の報せが流れてくる。これが半年続いたら、日本から芸人はいなくなるのではないか。危機感を持った中には配信などの手段を模索している人もいて、浪曲親友協会の春野惠子さんはご自分で調べた方策をツイッターに挙げておられる。また、明日10日に目黒のふげん舎で公演の予定だった東家一太郎さんは、投げ銭システムでネット配信を試みられるようだ。へこたれてばかりもいられないのである。

スポンサーリンク

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存
スポンサーリンク